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2016年12月12日更新

星野源の恋愛ソング「恋」の歌詞の意味を紐解く

現在放送中の人気番組「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌「恋」。恋ダンスでドラマを見ていなくても曲を知っている人も多いのでは。この曲、もちろんドラマに合わせて書かれているが、それだけではない深いテーマを歌った曲に仕上がっているような気がしてならない。そんな訳で、今回は星野源の「恋」を徹底考察していきたい。

生活の一コマを切り取る天才星野源

営みの
街が暮れたら色めき
風たちは運ぶわ
カラスと人々の群れ

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

夕暮れ時を連想させる歌詞だ。



営みの街=昼時に賑わっている街が暮れたら、オレンジに街が色めく(夕暮れがくる)



夕方にカラスが鳴き、仕事や学校の終わった人々が帰路に着く、誰もが一度は経験したことがあるだろう帰り道の描写。

意味なんか
ないさ暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて
君の元へ帰るんだ

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

今やっていること、生きていることに意味なんてなくて、そこにはただ日々の暮らしがあるだけ。



それでもただ毎日お腹をすかせて君の待つ家に帰れるだけで幸せなんだ。



家庭を持つ人だけでなく、同棲しているカップル、解釈を広げると家族の待つ家に帰る時の子供についても当てはまる、幅広い層から共感を得ることのできる歌詞だ。

物心ついたらふと
見上げて思うことが
この世にいる誰も
二人から

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

ふと思い出したように大切な人のことを思い出して考えてしまう、そんなことの一度や二度皆さんにもあるのではないだろうか、そんなことを歌っている部分。



ここまでのAメロ部分、情景が思い浮かぶような歌詞をわかりやすく書いている。



また、誰もが一度は日々の中で経験したことがある生活の一コマを切り取るのが彼は非常にうまい。



星野源とガッキーでここまで脳内再生されてしまうのだけが悔やまれる、星野源許すまじ。

胸の中にあるもの
いつか見えなくなるもの
それは側にいること
いつも思い出して
君の中にあるもの
距離の中にある鼓動
恋をしたの貴方の
指の混ざり 頬の香り
夫婦を超えてゆけ

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

胸の中にあるもの、いつか見えなくなるもの、とはまさに恋愛感情のことだろう。



気づかなくなるではなく、見えなくなると表現しているのは、行動に現れて相手の目に見える愛情表現を表わしているのだろうか。



それ(恋愛感情)はそばにいること、いつも思い出して。



気持ちも長いこと一緒にいると薄れて見えなくなるものだが、いつもそばにある感情なんだと言うことを書いているのだろう。



君の中にあるもの(相手の感情)と相手の心臓の鼓動



距離の中にあるとは、お互いの肉体的な隔たりのことだろう、抱きしめた時一つにはなれないが、だからこそ相手の鼓動を感じ取れる。



指の混ざり=手を繋いだ時の指  頬の香り=キスをした時の頬



頬の香りという表現は詩的でありながらしっかりと伝わるラインを守っていて、個人的に好きな部分だ、さすがにPOP界の女帝aikoを落とした男なだけはある。



夫婦を超えてゆけという一節は最後に解説していくのでここではカット、2番の歌詞を考えていこう。

恋と愛、夫婦を超えてゆけとは

みにくいと
秘めた想いは色づき
白鳥は運ぶわ
当たり前を変えながら

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

みにくいと秘めた想い = 嫉妬心、が色づくとはどういうことだろうか。



嫉妬はみにくいものとされているが、一般的に嫉妬が全くないというのもそれはそれで問題とされる事が多い。



ここでいう嫉妬は、プラスの方向に働くような嫉妬を指しているのだろう。


だいたい嫉妬されるのはめんどくさいだの男友達とは遊ばせろだのいうくせに、嫉妬全くされないのは悲しいとかいうのだから、女心は司法試験と同レベルで難しいよな。



そこんところ星野源は女心検定一級、免許皆伝だから、芸能界でもモテまくる。



本当にこれでガッキーともドラマ共演で何かしらあったら日本各所で舌を噛み切って自殺する男どもが大量生産されるんじゃなかろうか、ていうか僕がまず死んでしまう、頼むぞ星野源ガッキーだけはダメだ。


余談が過ぎたが、そんな嫉妬が二人の今までの当たり前を変えて、より良い関係に変えて行く(色づく)という事を書いているように思える。



この部分は、特に逃げ恥を意識した歌詞を書いているような気もするんだけどね。

恋せずにいられないな
似た顔も虚構にも
愛が生まれるのは
一人から

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

似た顔や虚構にも、という歌詞からは、人間の恋の対象が様々である事を表している。



似た顔は、誰に顔が似ているかって会話に出てくる俳優やアイドルの事で、虚構は2次元などリアルではないもののことだろうか。



人間は会ったことも会話をしたこともなくても、TVで見た人間に本気で恋することもあるし、触れることも喋ることも叶わない二次元の異性や、長年使い込んだ物に恋に似た感情を抱くことすらある。



その人間の恋という感情の出所の不確かさを歌っている。



愛が生まれるのは一人から、という部分については夫婦を超えてゆけと共に考えいきたい。

夫婦を超えてゆけ
二人を超えてゆけ
一人を超えてゆけ

出典: http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l03c609.html

さて、最後の考察はサビの度に出てくる夫婦を超えてゆけ、というフレーズについて。



夫婦を超えいくとはどういった事だろうか、もちろんこの部分は逃げ恥の内容を踏襲し、特殊な関係にある二人が夫婦という関係をも超えてゆく事を指摘しているのだとも取れる。



しかしここではもう一歩踏み込んで考察をしていきたい。



この部分を考える上で、先ほどの愛が生まれるのはという部分が生きてくるように思える。



つまり、愛というのは夫婦という関係から生み出されるものではなく、個人の感情であり、それを作るのは関係に囚われない個人のあり方である、という事を歌っているのではなかろうか。



そしてどんなものにもしてしまう恋を超えた先に、相手が自分を思っているのかどうかは関係のない無償の愛があり、恋を超えて愛にたどり着けという意味が込められている。



二人を超えてゆけは、夫婦という形に囚われずともこれはどんな関係においても言える事だというメッセージを感じ取れる。



そして最後のサビにだけ出てくる、一人を超えてゆけというフレーズ。



これは先ほどの内容とは矛盾する事にもなるが、そうはいっても「愛」という感情は二人の関係性の中で育むものである。



一人から生まれる「愛」という感情を超えて、二人の関係の中での、「愛」へと育てていく、そんな究極の「愛」のあり方を最後に提示してこの曲は終わっているのだ。

「逃げるは恥だか役に立つ」の主題歌として書かれたこの曲、ドラマの内容を踏襲しながらも、恋と愛のあり方を提示するような、メッセージ性のある楽曲に仕上がっている。



歌詞の解釈は人それぞれだし、これが正解だとは決して思わない。



自分のお気に入りの曲を深く考察するのは音楽の楽しみ方の1つだと僕は思うので、これを機に皆さんも自分なりの答えを見つけてみるのは如何だろうか。



それでは次の記事で!アデュー!

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この記事のキュレーター

インディーロックや邦楽ロックの記事を書く人。
ばあちゃんとコーヒーが原動力。

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