遥か彼方=未知の街への旅立ち

原曲は、米国のフォーク・シンガー「へディ・ウェスト」の作品

「500マイル」は、故郷から遠く離れた街に向かう列車の中で、悲しみを抑えてこれからの人生を考える旅人を描写した名曲です。

もともとは、ギターとバンジョー弾きの女性フォーク・シンガー、へディ・ウェスト(Hedy West)が、1961年にリリースしたファースト・アルバム『ヘディ・ウェスト』に収録されていた曲で、作詞・作曲共にへディ・ウェストの作品です。

その翌年に、フォーク・グループのピーター・ポール&マリー(Peter, Paul and Mary)がアルバム『ピーター・ポール&マリー』に収録してヒットとなり、今でも歌い継がれる名曲となっています。

『500マイル』の歌詞の意味が悲しすぎると話題!歌詞を手掛けたのは有名なあの人だった?!の画像
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「500マイル」そのものの人生を送った作者

作者のヘディ・ウェストは米国ジョージア州の炭坑の街で生まれ、その後ニューヨーク、ロサンゼルス、英国のロンドンに移り住み、そしてまたニューヨーク(ストーニーブルック)に戻り、ニュージャージー、ペンシルベニア(フラデルフィア)へと、まさに「500マイル」そのものの人生を歩んでいます。

現在では500マイル=約800km(東京から広島くらいの距離)といっても、新幹線で5時間弱で到着してしまいますが、当時の汽車で移動するという感覚では「果てしない=未知の街」への距離という思いだったことでしょう。それも悲しみを抑えての旅立ちだったら、さらに遠く感じたはずです。

忌野清志郎はすごい

たんなる訳詩を超えた日本語の歌

この遥かなる旅の思いを日本語に訳して歌ったのが、今は亡き忌野清志郎です。それまでにも直訳に近い形で「500マイル」を翻訳した歌詞はありましたが、まるでオリジナルを聴いているかのような日本語にしたのが、忌野清志郎バージョンです。

清志郎バージョンの「500マイル」は、細野晴臣さんと坂本冬美さんとのユニット「HIS」(ヒズ)のアルバム『日本の人』(1991年発表)に収録された曲で、素朴な歌詞と哀愁に溢れた演奏が相まって、なぜか日本人の郷愁を誘う作品に仕上がっています。

遠くに旅立つ不安と、恋人や家族と離れなくてはならない無念。それも現代のように新幹線や飛行機でひとっ飛びではなく、1マイルずつじわじわと離れていく「ひとつ ふたつ みっつ よっつ」と訳した、時間と距離が歌詞の行間に垣間見える言葉は、ある意味、素晴らしい意訳でしょう。

『500マイル』の歌詞の意味が悲しすぎると話題!歌詞を手掛けたのは有名なあの人だった?!の画像

『COVERS』がもたらした日本語翻訳の新しい意味

素晴らしすぎて発売できなかった作品

この忌野清志郎という人は、RCサクセション時代からソロになってからの作品まで、一筋縄ではいかない曲を沢山作っている人です。

有名なところではRCサクセションの「いい事ばかりはありゃしない」という曲で、“月光仮面が来ないのとあの子が電話かけてきた”というフレーズなどは、当時初心だった男性諸氏には何のことかさっぱりわからなかったことは有名です(女性の月のものの意味だと解釈されています)。

中小企業経営者から苦情が殺到して放送禁止になってしまった「ボスしけてるぜ」という曲もあります。数えたらきりがないですね。

そして最も有名なのが、1988年に発表された『COVERS』(カバーズ)というアルバムでしょう。

「日本の原発は安全です。さっぱりわかんねぇ 根拠がねぇ」と歌った「サマータイム・ブルース」(原曲はエディ・コクラン)や、「核などいらねえ、放射能はいらねえ」と歌った「ラヴ・ミー・テンダー」(原曲はエルヴィス・プレスリー)などは、福島原発事故を予想していたかのような歌詞で、今では反原発ソングの代名詞のようになってしまいまい、ニュース番組などでも何度も取り上げらています。

でもこの『COVERS』というアルバムは、「素晴らしすぎて発売できません」とレコード会社が新聞に謝罪広告を出してまで発売中止にした作品でもあります。

また、この作品の方向性(政治色の強さ)が原因で、RCサクセションからドラムとキーボードが離れた理由とも言われています。

カバーズには、ゲストとして三浦友和さんや泉谷しげるさん、桑田佳祐さん(桑竹居助の名義)らも参加しているそうです。

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ヨーコ・オノも認めた清志郎の訳詩の世界

誰にでも親しみやすいわかりやすい言葉

忌野清志郎は、こうしたロック的な意思を伴ったカバー曲もありますが、いつまでも、そして誰にでも親しまれる日本的な訳の名曲も数多くあります。それが「500マイル」ですし、色々なコマーシャルでずっと使われ続けている「デイ・ドリーム・ビリーバー」(原曲はモンキーズ)、そしてジョン・レノンの「イマジン」でしょう。

「イマジン」に関しては、共作者として認められているヨーコ・オノさんに「あなたが熱唱してくれたイマジンを私は決して忘れない」とまで言わしめた、素晴らしい訳になっています。