ロックを超えたパワー
感情を吐き出す歌
1987年5月、ティーンズを中心とした若者たちの心を激しく揺さぶる、ある曲が発表されました。
むき出しの感情を、包み隠すことなく表現し切ったタイトルと歌詞。
その衝撃は、単なる音楽のムーブメントというとらえ方だけで説明し切れるものではありませんでした。
思春期のセンシティブな感情に直接訴え掛ける、不思議なパワーを持っていたのです。
ある者は興奮冷めやらぬ様子で、教室の友人たちにその素晴らしさをまくし立てる。
また別の者は、部屋のラジカセで何度も再生し、拳を握り締めながら涙する。
信じられないかもしれませんが、本当にそんな光景を誘う曲だったのです。
スタイリッシュでエモーショナルなビートロックが勢いを増していた当時。
アコースティックギターをバックに、荒々しい声のボーカルが響くその曲は、異質な存在でした。
異質さを感じさせたのは、ソフィスティケートされた流行歌とは一線を画す迫力だったのでしょう。
ささやくように、叫ぶように胸を震わせた、その曲。
当時の若者で、聴いたことがない人など1人もいなかったと断言できる名曲です。
団塊ジュニアのサバイバル
タイトルの言葉に表れているように、歌われているのは若者特有のフラストレーションです。
団塊ジュニアとも呼ばれる、第2次ベビーブーム世代が10代だった1980年代後半。
「少子化」などという言葉は、存在すらしていなかった時代です。
彼らは生まれながらにして、何をするにも激しい競争にさらされ続けてきました。
勉強もスポーツも、そして友人関係も。
すし詰めの教室は、サバイバルの場でもあったのです。
逃れられない競争をくぐり抜けようとする中で、必然的に味わったのが挫折や苦悩。
「ろくなもんじゃねえ」は、やり場のない感情をストレートに吐き出させてくれた曲でした。
「ろくなもんじゃねえ」というサビの叫びは、若者たち自身の叫びと見事にシンクロしたのです。
「ぴいぴいぴい」という響き
歌い出しのインパクト
ぴいぴいぴい ぴいぴいぴい…
人恋しくて 誰かにしがみつき
弱虫ばかりで飛び出した18の俺
愛はいつも大嘘つきに 見えて
知らないうちに 一人が好きになってた
見えない何かに背中を押され
夢中で転がりやっとつかんだものに
心を引き裂かれちまった
心をなじられちまった
悔しくて 悲しくて こらえた夜
大嫌いだぜ 大嫌いだぜ
ろくなもんじゃねえ
ぴいぴいぴい ぴいぴいぴい…
出典: ろくなもんじゃねえ/作詞:長渕剛 作曲:長渕剛
この曲のインパクトは、何といっても「ぴいぴいぴい…」という歌い出しのフレーズ。
心の隙間に吹き荒れる風の音を表した言葉だろうか。
初めて聴いたときは、そんなことも想像しました。
その意味を知ったのは、随分と後になってからのこと。
そう、「ぴいぴい(ピーピー)泣く」の「ぴいぴい」です。
大きな声で泣くのとは異なる、弱々しい泣き方。
傷つき、打ちひしがれた若者が、孤独にむせび泣くさまを見事に表現しています。
歌詞の中で「知らないうちに一人が好きになってた」と明かす「俺」。
「夢中で転がりやっとつかんだもの」とは、人恋しさを癒やしてくれる「愛情」だったのでしょうか。
大切にしていたものに、心を「引き裂かれ」「なじられ」てしまったショックがうかがえます。
咆哮の先にあるもの
こみ上げる感動
思いやりと優しさが腐るほど鼻について
殴ったあいつの頬
握りしめたこぶしは やり場のない俺の心に
いつしか突き刺さってた
どこかで 誰かが 俺を待っててくれる
夢中で転がりやっと見つけたものに
心を裏切られちまった
心を笑われちまった
悔しくて 悲しくて こらえた夜
大嫌いだぜ 大嫌いだぜ
ろくなもんじゃねえ
ぴいぴいぴい ぴいぴいぴい…
出典: ろくなもんじゃねえ/作詞:長渕剛 作曲:長渕剛
2番へと続いた歌詞のテーマは「友情」のように思えます。
「あいつ」が見せた「思いやりと優しさ」は、「俺」に対する優越感からのものだったのでしょうか。
「腐るほど鼻について」と感じた瞬間、衝動のままに頬を殴ってしまった「俺」。
しかし、その「握りしめたこぶし」は結局、自らの「心に突き刺ってた」のでした。
後に残ったのは心を「裏切られちまった」「笑われちまった」という悔しさと悲しさです。
夜をこらえながらも抑え切れなかった思いが、「ろくなもんじゃねえ」という咆哮(ほうこう)。
締めくくりもまた、「ぴいぴいぴい…」という、むせび泣きです。
その余韻は、むせび泣くようなハーモニカの響きと共鳴します。
歌詞が終わっても、エンディングまで感動がこみ上げるのです。