そこでもう一度「夢なら…」の部分の歌詞をみてみましょう。

この詩の部分の「夢」後悔であること。

そして「途中」という言葉が戻らなければいけない場所があることを暗示しています。

まだまだ色々なことが隠されていそうです。

星の王子様になった僕

ところで、これはあくまでこの童話を読んだ私の解釈なのですが、少し星の王子様のことを書かせてください。

童話の中の星の王子様は子供の姿を借りて私達の星に舞い降りて来ます。

それは大人になったら言えなくなることを伝えたかったからです。

王子様は大切なメッセージを沢山持ってきたのですが全くもって素直ではありませんでした。

そしてはじめからずっとここに留まってはいけないことを知っていたかのように…。

この星で出会った友達を残して遠い星に帰って行くのです。

この歌の中の僕が私には何故か星の王子様と重なってみえました。

この星に残された友達がどれほど淋しい思いをしたか想像するだけで苦しくなってしまいます。

人と人との出会いとは、いつの時代でもどのような世界でも変わらないものです。

 夜汽車に乗せたリグレット

遠い星まで

夜汽車はコトコト夢を乗せて走るけど
退屈な景色
思い出ぽろぽろ 頬を伝って
飛んでゆけ どこまでも

出典: さよならリグレット/作詞:岸田繫 作曲:岸田繫

「夜汽車」は誰も気にかけないような遠い星まで夢を乗せて走ります。

夜汽車の向かう先は必ず戻らなければならない大人の世界です。

だから「退屈な」旅なのでしょう。

ここでも「思い出」であり後悔ではないでしょうか。

戻りたくない場所

次の駅では乗り換えがあるけどどうしよう 
ママに内緒だよ どこまで行けるの?

出典: さよならリグレット/作詞:岸田繫 作曲:岸田繫

大人になんか戻りたくないと、もがきながらも走り出す夜汽車に乗る僕はママに引き留めて欲しいのでしょう。

「ママ」というキーワード一番安全な場所という意味に解釈してもいいと思います。

本当はこの場所(子供のまま)に留まりたい…とても複雑な心情が交差していきます。

僕にとってリグレットは思い出の中に捨てていくものではなく大人と一緒に回収したいもののようです。

素直になれない大人

大人になったら 宇宙の果てで
さみしい夜でも明るいよ

出典: さよならリグレット/作詞:岸田繫 作曲:岸田繫

このフレ―ズには素直ではない強がっている様子が窺えます。

底知れぬ「宇宙の果てで」何を思うのでしょうか。

自分の中で解決しなければいけないことだと自分にいいきかせているのかもしれません。

さよならしたいものが段々とみえてきました。

答え合わせをしているようなどきどきした気分になってきます。

悲しくなんかない 君の声もわかるけど
忘れそう

出典: さよならリグレット/作詞:岸田繫 作曲:岸田繫

とても切ないですね。

この「悲しくなんかない」という言葉を考えてみましょう。

シンプルな言葉ですが、意味は単純ではありません。

失ったものに対してのあきらめの気もちでしょうか。

それとも失いたくないという余韻のあるものなのかはまだはっきりしませんが、淋しがっていることは確かです。

僕の感情が普遍性をおびてくるあたりです。

抽象的な歌詞の内容をうまく共感を呼ぶ歌詞に徐々にすり替えていく。

そこがくるりが、くるりである所以ではないでしょうか。

大人に戻った僕のその後