というわけで、フルバージョンのMVも観ていただきました。
観ていただければおわかりかと思いますが、ティザー映像はMVを編集したものです。
第1弾では、露光やアングルの関係でよく見えない部分を意図的に選んでいます。
第2弾では、メンバーの表情がわかるようにして、この曲のコンセプトをほのめかしています。
では、なぜこのような編集をしたのでしょうか?
少し考察してみましょう。
第1弾の意味
ティザー映像の目的は基本的に「楽曲への期待感を高めること」です。
この原則をまず、第1弾について当てはめてみます。
先ほど書いたように、第1弾の映像では、メンバーの顔ができるだけ映らないようになっています。
この映像は何を意味するのでしょうか?
しかし、あるメンバーが途中で立ち止まる。
シルエットの感じから、旗を持つのも立ち止まるのもおそらく指原さんだと推測できます。
これは、HKT48の未来を暗示しているのではないでしょうか。
それはつまり、指原さんが卒業し他のメンバーだけで走り続けるという未来です。
第2弾の意味
そして、第2弾は第1弾とすこしコンセプトが変わります。
そのコンセプトは、メンバーの顔がはっきりと見えることからわかります。
第2弾の映像は、第1弾と比べるとより説明的なのです。
- 「メンバーはこんな衣装を着て、こんな表情で、こんな曲調の楽曲を歌うのか…」
- 「これは、結構かっこいい感じなのでは?」
そういえば「意志」というタイトルもかなり意味深です。
しかし、まだ歌詞が明らかになりません。
「早く全曲を聴きたい!」そんな気持ちにさせる演出になっています。
そしてもう1つのポイント。
この映像では指原さんのソロショットが多いのです。
おそらく指原さんのラストシングルであるという意味もあるでしょう。
しかし、この時点で選抜メンバーの誰がセンターになるのかが明かされていないのです。
- 「指原さんがセンター?」
- 「だとしたら、指原さんが卒業したあとは誰がセンターになる?」
そういった予想も楽しめるのですね。
そしてMVフルバージョンが公開されると「ああ、そういうことなのか!」と納得する。
そんな仕掛けが用意されています。
後輩が受け継ぐ「意志」とは?
変わりたい(それもチョイス)
変わらない(それもチョイス)
自分にとってのプライオリティ
こうでしか(生きられない)
こうでしか(守れないよ)
どう生きたいか意志がある(ごめんね)
ここから遠くで見てるよ
出典: 意志/作詞:秋元康 作曲:バグベア
指原さんは、AKB48からHKT48に移籍という形で加入しました。
指原さんの加入時点では、まだシングルデビューを果たしていなかったHKT48。
その中で、指原さんは指導者的な役割もになっていたといわれています。
実際、指原さんは卒業するまでHKT48の劇場支配人を務めていました。
アイドルとして他のメンバーを牽引してきた指原さん。
指原さんの卒業はHKT48メンバー、そして指原さん自身も不安に感じたかもしれません。
もちろん、別れに対する寂しさや未練は感じたことでしょう。
しかし、不安や未練を振り切り卒業を決めた指原さん。
そして、指原さんを見送りアイドルを続けると決めたメンバー。
どちらも「自分で決めて前に進むこと」に変わりはありません。
Cメロの歌詞に込められていることが、指原さんから後輩へ受け継がれる意志なのです。
「ジワるDAYS」とはかなり違うテイスト
「意志」という楽曲は約1ヶ月前に発売された「ジワるDAYS」とはかなりテイストが違います。
- 「ジワるDAYS」は楽しかった思い出を明るく振り返るような感じ
- 「意志」は未来に対する決意表明のような感じ
この違いは、AKB48とHKT48の置かれた環境の違いから来るのかもしれません。
HKT48にとっても大きな転機
AKB48はファンの間では「本店」と呼ばれています。
AKB48のシングル表題曲では、HKT48を含む姉妹グループのエースメンバーも参加するからです。
姉妹グループは「支店」というわけですね。
その「支店」の1つ、HKT48は福岡を拠点に活動する「地域密着型」のグループです。
地元には多くのファンがいますが「AKB48との区別がつかない」という方もいるかもしれません。
そんな中、圧倒的な知名度を誇っていたのが指原さんでした。
その指原さんの卒業はHKT48にとっても大きな転機です。
MVで映し出されるメンバーの表情には「自分たちで盛り上げていくぞ」という意志を感じます。