「美しさ」というワードを宛てた季節
美しさ oh baby ポケットの中で魔法をかけて
心から oh baby 優しさだけが溢れてくるね
くだらないことばっかみんな喋りあい
嫌になるほど誰かを知ることはもう2度と無い気がしてる
出典: さよならなんて云えないよ/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二
素晴らしい青春賛歌です。
この日々が「僕」にとっていかにかけがえのないものなのかが明らかにされます。
「美しさ」とはこの日々の全体に宛てられたワードです。
他愛もないことで笑うことができてともに優しさを捧げあった美しい季節。
こんな季節は人生の中でもとても幸福だった僅かな瞬間に現れた奇跡の時間です。
大人になるに従って他者との距離ばかりを大切にしてしまう季節へと変わりゆきます。
他者をこれほどの距離で分かり合う季節はいずれ終わってしまうのです。
今、他愛もないことで笑いあえる素敵な季節を過ごしている人はその幸福に感謝してください。
「さよならなんて云えないよ」のような幸福な歌の中でもその季節は静かに終わってしまうのですから。
「生命の最大の肯定」
鹿児島を車で走る
左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも
出典: さよならなんて云えないよ/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二
鹿児島で車に乗っているときに思いついた歌詞だそうです。
ならば「みんな」は車に乗っていたのかと今になって気付かされます。
海が見えただけでこの素晴らしい日々が永遠だと想うという感性はやはり尖ったもの。
穏やかに凪いでいる海が太陽の光で輝く姿に永遠を感じる。
小沢健二に多くの人が夢中になった理由はこうした繊細な詩的感性がずば抜けていたことにあります。
歌詞に感動するタモリの姿
このラインにはこぼれ話がいっぱいです。
タモリはこのラインに「生命の最大の肯定」を読み解いて絶賛しました。
タモリは「ミュージック・ステーション」で毎週たくさんの歌手・グループの歌を生で聴いています。
しかし彼が本当に心を震わせるほどの感動をしたのは本当に僅かな例外的なアーティストに限られました。
その僅かな例外が小沢健二です。
このラインに「生命の最大の肯定」を読み解いたタモリ。
彼は「すごいよね、オレはここまで人生を肯定できないもの」と呟きます。
タモリの人生は謎に包まれていますがやはり大天才だけあって滅茶苦茶な生活をしてきました。
恩人・赤塚不二夫の家を占拠しての居候暮らしなどエピソードは驚かされます。
そっと漏らした自分を肯定できないという言葉に大スターの影の部分を見てしまうのです。
タモリにとっては小沢健二の感性は自分には手にはいらない眩しいものに見えたのかもしれません。
歌詞のベクトルが変わる瞬間
季節は音もなく変わる
南風を待ってる 旅立つ日をずっと待ってる
“オッケーよ"なんて強がりばかりをみんな言いながら
本当は分かってる 2度と戻らない美しい日にいると
そして静かに心は離れてゆくと
出典: さよならなんて云えないよ/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二
このラインで歌詞の世界がベクトルを変えます。
幸せな季節を謳った歌がいつの間にか別離の歌に変わるのです。
しかしまだこのときは「美しさ」の中にいます。
やがて訪れるだろう旅立ちや別離の予感をひたひたと感じていても「みんな」は表面にその想いを出しません。
まだまだ「みんな」は他愛もないことを喋り続けます。
大丈夫だよと「みんな」が自分を鼓舞するように口にするのです。
今ある「美しさ」に感謝しながら日々を生きるのですがこうした季節はやがて終わることも知っています。
自分と他者の間の距離ばかりを大切にする大人な関係への脱皮をいずれ果たすのです。
新しい大人の関係の中ではかつてほどお互いの距離を狭めて分かりあうことはなくなります。
ある日突然、そのような日々が訪れる訳ではありません。
徐々に静かに音もなくいずれ温かな季節は終わってしまうのです。
海に見た永遠は関係性が永遠ということではなくあの瞬間の輝きがいずれ追憶の中で永遠になるということ。
「さよならなんて云えないよ」の歌詞はパーツごとにラインごとに意味の響きあいが複雑に入り組んでいます。
「美しさ」は一回きり
「君」が旅立つ
美しさ oh baby ポケットの中で魔法をかけて
心から oh baby 優しさだけが溢れてくるね
くだらないことばっかみんな喋りあい
町を出て行く君に追いつくようにと強く手を振りながら
出典: さよならなんて云えないよ/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二