縦書きの雨が……
ここで「縦書きの雨」という表題が出てきます。
「縦書きの雨」という言葉だけで、もはや美しい表現ですね。
作詞をした谷中氏のセンスに脱帽です。
ところで「縦書きの雨」は何を表しているのでしょうか。
まず「縦書き」で書かれてあるものを連想してみましょう。
新聞、小説、エッセイ……いろいろなものがありますね。
しかし、この主人公が舞台に立っていた人物だと考えると、脚本が当てはまるのではないでしょうか。
脚本に書かれてあるものは、もちろんト書きとセリフです。
恐らく主人公は、縦書きでズラリと並んだセリフと降りしきる雨を重ねているのです。
女優として全盛期だった頃、雨が流れ落ちるようにとめどなく自分の体から流れていた言葉たち。
その言葉が今は雨となり、主人公の体に降り注いでいるのです。
辛い記憶も蘇る
傷も負わずに 夢を失くして 恨むのはいやと 我慢した
出典: 縦書きの雨 feat.中納良恵/作詞:Atsushi Yanaka 作曲:Tsuyoshi Kawakami
このパートに関しても、読む人によっていろいろな取り方が出来ると思います。
ここでは一旦、女優時代に辛いことがあったという方向で意味を取ります。
やはり夢を叶えるためには、何らかの犠牲が必要になります。
心に傷を負うようなこともあるかもしれません。
しかし、そこで犠牲を払うことに躊躇していれば、夢を見失うことになるのです。
そうなれば、何も成し遂げられなかった自分は、躊躇した自分を恨むでしょう。
主人公はそんなことは嫌だと思ったわけです。
輝かしいステージに立つために辛いことにも理不尽にも耐えてきたのでしょう。
そしてそんな記憶があるからこそ、一層活躍していた時の自分が輝いて見えるのです。
記憶から消し去ったつもりでも、思い出してしまうのです。
2番 サビ
雨が降る ここに 降り続ける いまも
縦書きの 雨が 流れて落ちていく 言葉のように 止まらない
出典: 縦書きの雨 feat.中納良恵/作詞:Atsushi Yanaka 作曲:Tsuyoshi Kawakami
1番のサビの歌詞とほとんど変わりません。
変わるのは最後の部分だけです。
「止まらずに」が「止まらない」になっています。
実はこれが大きな違いを生むのです。
「止まらずに」は単純に「流れて落ちていく」に掛かっていました。
しかし今度は「止まらない」のです。
これは、「止めようとしても止まらない何か」が場面に加わったことを示唆しています。
セリフ、雨に加えて、流れ出すもう一つの「縦書き」は、涙です。
映画のワンシーンだけでなく、様々な思い出も思い出した主人公。
様々な思いが錯綜し、自然と溢れ出す涙が「止まらない」のではないでしょうか。
永遠の世界とは……
Uh 体を離れた 永遠の世界は 思いの果てに始まる
出典: 縦書きの雨 feat.中納良恵/作詞:Atsushi Yanaka 作曲:Tsuyoshi Kawakami
「永遠の世界」とは何なのでしょうか。
恐らくそれは、主人公が雨の中迷い込んだ映画の世界です。
主人公の心には多くの思いがあるはずです。
華々しい生活を離れたことへの密かな後悔。
前向きに生きていかないといけないという思い。
そんな思いの行き着く場所が、雨の降りしきるワンシーンなのでしょう。
ラスト サビ
主人公は喝采を聴く
雨の中 ひとり 立ち尽くして 聴いた 喝采の 音と
出典: 縦書きの雨 feat.中納良恵/作詞:Atsushi Yanaka 作曲:Tsuyoshi Kawakami
そして主人公は降りしきる雨の中で一人、喝采を聴きます。
全身にその喝采を浴び、胸のすくような思いでいるのです。
しかしその喝采はもしかすると、雨の音なのかもしれません。
降りしきる雨が地面を打つ音が、主人公には喝采に聞こえているのではないでしょうか。