離れ離れでも ときめくほど
叫ぼう「今は幸せ」と
大切なことは 言葉にならない
跳ねる光に溶かして

出典: 海の幽霊/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

遠くに離れてしまった琉花と二人。

その距離ははるか遠く、もはや会うことはかないません。

人間の声はもちろん、ザトウクジラの歌もきっと届かないでしょう。

夏の日に消えてしまったことで離れてしまった二人ですが、もともと琉花とは異質な存在でした。

琉花は彼らに少し近しい人間のようでしたが、それも明らかに人間と異なる彼らとはやはり違いました。

そしてここでの「離れ離れ」は、もともとの琉花と二人の存在の遠さ、異質さを思い起こさせるものでもあります。

共に生きることは許されなかったその存在の遠さ、生きる場所そのものが違っていた存在があの夏の一瞬だけ邂逅した、その奇跡をより際立たせているのです。

異質な存在でも、どれだけ遠くに離れていても今でも彼らのことを想い、魂が震える。

魂が触れ合える存在に出逢えた幸せを今こそ伝えたいと思います。

あの時伝えられなかった言葉。

とてもその言葉一つでは想いすべてを伝えることはできないけれど、それでもそう願います。

二人の姿が重なるような、夜光虫の輝く海。

その光が溶けるかのように滲んでいきます。

伝えきれない想いを乗せた涙が琉花の目にあふれます。

ずっと忘れない

星が降る夜に あなたにあえた
あの時を忘れはしない
大切なことは 言葉にならない
夏の日に起きたすべて

思いがけず 光るのは
海の幽霊

出典: 海の幽霊/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

子供から大人になっていくうちに、人は目の前の現実しか信じなくなります。

日常生活に追われ、仕事や毎日の生活のことが心のすべてを占めるように。

かつて信じていた存在や感じていた自然の営みからも遠く離れたところに来てしまいます。

海に消えた不思議な二人の存在も、通常ならば大人になるにつれて忘れていったり「夢だった」と思うようになっていくのが普通です。

でも琉花は、そうではありませんでした。

「海の幽霊」に想いを馳せて

過ぎ去ったあの夏の日を大切に抱え、今でも二人の面影を、その存在を鮮やかに彼女の心の中に住まわせています。

そんな彼女だからこそあの日の”本番”の目撃者に選ばれたのかもしれません。

あの夏の日のすべてを、言葉にならなかった想いとともに抱え続けたまま生きていくのです。

はるか遠くのあの日に見かけた「海の幽霊」の姿に想いを馳せながら。

「海の幽霊」が再び現れて、また二人に再会できることを心のどこかで願いながら。

再会の言葉

風薫る 砂浜で
また会いましょう

出典: 海の幽霊/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

もう現世では二度とあの二人に会うことはないでしょう。

でも彼女は知っています。

海で起こっていることのほとんどを誰も知らないことを。

その誰も知らない海の出来事を目撃した彼女のみが知っている真理があることを。

海の中で彼女は人知を超えた大きな力を目にし、人間も壮大な宇宙や自然の営みの一部に過ぎないことを体感しました。

あの夏は彼女の一部となって永遠に生き続けます。

そして今ある人間としての彼女の生を終えたその先に何が待っているのか、”本番”の証人である彼女は知っているのかもしれません。

だからこそのこの再会の言葉が深い意味を持つのです。

米津玄師の新たな魅力

米津玄師【海の幽霊】深淵なる歌詞の意味を徹底解釈!残された椅子が象徴するものとは?追憶の想いは続く…の画像

「海獣の子供」の世界観と米津玄師の世界観が見事に融合したこの「海の幽霊」は、米津玄師のステージがまた新たな段階に進んだことを感じさせます。

「海の幽霊」は曲そのものが奇跡のように繊細で美しく、恐ろしいほどの迫力を持ち、聴く人の胸に迫りるものでした。

言葉が心に入り込み、多くの人の心を波打たせることができるのは米津玄師ならではといえるでしょう。

米津玄師の曲をチェック!

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