大ヒットシングルの裏側で異彩を放った名曲
椎名林檎というアーティストについては、今さら解説する必要もないでしょう。
そのため、初期のカップリング曲までは知らないという方も多いのではないでしょうか。
今回紹介する「眩暈」は、あの「ここでキスして。」のカップリング曲です。
そして、10周年記念アルバム「私と放電」にも収録されました。
今やシングル曲に匹敵する名曲とまで言われる本曲は、とにかく難解…。
一体「あたし」に何が起こったのか?今回は独自の視点から考察していきます。
灰色に曇った空の下で…
曲全体を通して、全体的にどんよりとけだるい空気感に満ちています。
今にも雨が降りそうな灰色の曇り空の下でぼうっとたたずんでいるかのよう。
近年の林檎曲ではめったに聴くことのできない、アンニュイな雰囲気です。
正体不明のあの音は?
歌詞の考察に入る前に、本曲でよく話題になる点に触れておきましょう。
イントロに「バババババ…」というサウンドが差し込まれています。
公式サイトでも椎名林檎女史ご本人からも、この音に関する言及はないようです。
「あまり意味はない?」「エアコンの室外機?」「わからないけど胸がざわつく…」
ネット上ではさまざまな意見を見ることができ、興味深いです。
おそらくこれは「ヘリコプターの飛行音」なのではないでしょうか。
どこからともなくヘリコプターの音が流れてきたら、何気なく空を見上げますよね。
ヘリコプターの飛行音によって、空が主題であることを演出することができます。
本曲では、灰色に曇った空の印象を暗に伝える効果音なのでしょう。
これからの歌詞考察にもかかわってくるため、考察してみました。
何度も尋ねるのは、気づいてほしいから、認めてほしいから
あたしがこんなメロディを口ずさむのはさてどうしてでしょう?
ねぇ、じっくり考えてみて
あたしがこんな言葉を口走るのはさてどうしてでしょう?
ねぇ、ちょっぴり考えてみて
出典: 眩暈/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
自分のしたことに対する理由を相手にわざわざ尋ねるのは、相手への好意ゆえです。
自分がその人を好きだということに気づいてほしいからです。
そして、その人を好きだという自分の存在をその人に認めてほしいからです。
ちなみに、後にリリースされた「罪と罰」でも、認めてほしいと林檎女史は訴えます。
失礼ながら、相手にべったりからみついた感情という表現が近いかもしれません。
相手に溺れるように、相手の好きな自分であるように、
まるで自分の輪郭を見失った自分の姿を表しているようにも捉えられます。
心とそして身体さえも貴方に墜ちていく
何処迄 堕ちて行っちゃうの
此の身体は
灰色に遠くなる遠くなる空
出典: 眩暈/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
当時の林檎女史は、ある種「恋の病」に似た感情を意図的に表現していました。
本曲で見られる側面は、過剰なまでに相手に好ましく思われようとする感情。
自分の心がなくなっても厭わないほど、相手に好かれる自分でありたい。
そしてそれを相手に言葉で認めてほしい。口に出して、言ってほしい。
相手に溺れ、心も身体も堕ちていく「あたし」。
その目に映る灰色の空さえ薄れるほどに心をなくした虚しさが表れています。
果たしてここで起こったこととは
其の日は確かに地面が音も立てず
あたしの歩みを妨げ揺れて居た
出典: 眩暈/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
しかし、なにかのきっかけで気づいたのでしょう。
『あたしは愛されていない』。
そして「あたし」は正気を失い、眩暈を起こして倒れてしまいます。
倒れゆくあたしの目に映るのは、どんどん遠くなっていくグレーに曇った空。
色彩のない、まるで自分の空虚な心のような、鈍色の空。
このフレーズだけを読むと「天変地異でも起こったのか?」とも思えますね。
ですが、タイトルと情景から、あたしは「眩暈」を起こしたことがわかります。
あえて主人公ではなく地面を主語に据えたあたり、さすが林檎女史です。