アルバム「HOME」収録曲
Mr.Childrenの13枚目のアルバム「HOME」。
日常にある一見何でもないもののようなありふれた事。
当たり前のようにそこに存在している事実こそが実は本当に大切なものなのではないか。
そんなことを様々な言葉で表現した14曲が収録されています。
ある曲は応援歌のような、ある曲はやさぐれ感たっぷりな、またある曲は温かく包み込むような。
日常の出来事や何でもない言葉。
それを特別で、非日常を感じずにはいられないものに変えてしまう。
そんな桜井の言葉の魔法が聴く人の心にゆっくりと染み渡っていくのでしょう。
どんな気持ちで聴いても、その時心から抜け落ちているパズルのピースがぴったりと埋まるような…。
そんな曲が1曲は見つかりそうなアルバムです。
そんな14曲の中の1曲、「もっと」。
この短いタイトルの中には、深くて壮大な意味と、願いにも似た叫びと優しさが込められています。
ライブでも度々歌われ、「一生聴き続けることができる曲」というファンも。
この曲がそんなふうに言われる所以は、曲を作ったあるきっかけにあるそうです。
9.11
多くの犠牲者を出した2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件。
世界に衝撃が走り、深い悲しみに包まれました。
犠牲者やその家族のこれまでのありふれた日常を一瞬で、非日常に変えてしまったこの理不尽な出来事。
悲しみをどう受け止めたらよいのかわからない。
怒りを誰にぶつけていいのかもわからない。
なぜあの場所、あの時間だったのか。
なぜ大切な人が犠牲にならなくてはいけなかったのか…。
例え当事者でなくても様々な事を桜井も想ったのでしょう。
「せめて悲しみの淵に立っている人へ自分の言葉で光を灯せたら」
この曲は、そんな祈りの歌なのではないでしょうか。
灯りを
深い悲しみの舞台となった場所に灯す光。
とにかく、暗闇にいる人を照らしたい。
すぐに照らしてあげたい。
自分にはそれしかできないから…。
どんな願い、祈りが込められているのでしょうか。
願い
悲しみの場所に灯された
裸電球に似た光
それはほら吹きに毛の生えた
にわか詩人の 蒼い願い
出典: もっと/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
光を柔らかくした蛍光灯でも、間接照明でもなく、ただただその場所だけを強く明るく照らす光なのです。
優しいものでも、柔らかなものでもないのです。
暗闇にいる人を明るく照らすためだけに光を放つのです。
深い悲しみと、暗闇に包まれている場所一点だけ、ただひとりを照らしてあげたい。
それで少しでも希望が見えるのならば…。
灯す「光」というのは、歌なのでしょうか。
「にわか詩人の~」は桜井自身を指しているのではないでしょうか。
直接何かが自分にはできないけれど、自分には歌がある。
もしもそんな自分の歌によって一人でも生きる希望を見出してくれることができたなら。
「一人でも多くの人を照らしたい」
そうではないのです。
「たった一人でも照らすことができたなら」
ここでの「光」というのはそのような願いの込められたものなのではないでしょうか。
季節は変わりゆくのに
当たり前のように見ていた景色。
そんな景色も二度と戻ることのない大切な人を失った今は色がなく、白黒の景色にしか見えないのです。
大切な人と過ごすからこそ、全てのものが華やいで見えていたのでしょう。
消えない記憶
華やぐ季節がそこまで来てるのに
相変わらず心をどこかに置いたまま
出典: もっと/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
突然大切な人を失うことは、きっとその日から時間が止まってしまうのです。
春夏秋冬、どんなに季節が繰り返し巡ってきても心はあの日のまま。
消えないのは、幸せだった記憶。
そして、絶望の底に突き落とされた日の記憶。
そのどちらの記憶の中にも自分の心が置き去りにされているのでしょう。
「心が引き裂かれる思い」とはまさにこのようなことをいうのではないでしょうか。
君がどんなに辛くても
どんなに辛くても、日はまた昇って、季節も巡るのです。
それは生きている限り永遠に刻まれる地球のリズムなのです。
それは時に理不尽と感じることもあるでしょう。
しかし、それと同時に平等でもあるのです。