「破裂」しているのは何か
2017年10月25日発表、King Gnuのファースト・フル・アルバム「Tokyo Rendez-Vous」。
このアルバムに収録されている「破裂」の歌詞について徹底解説いたしましょう。
楽曲「破裂」はどのジャンルの枠にも収まらないサウンドが何よりの魅力です。
中期ビートルズ、またはクイーンのように聴こえる箇所もあります。
しかしそうした誰々の影響云々という文脈ではとても伝えきれない特殊な音楽です。
日本のロックもいよいよここまで覚醒したかと思わせる大傑作に仕上がっています。
常田大希の音楽的才能に導かれてKing Gnuははっきりと時代を画するバンドになりました。
最初のインパクトはYouTubeで公開された「白日」のMVだという人も多いでしょう。
しかし「白日」以前にここまで高い音楽的境地に達していたのかと驚かされるのが「破裂」の魅力です。
恋とはいっても様々なスタイルがあるでしょう。
「破裂」で歌われる恋には禁断の恋の存在をにおわせる要素もあります。
しかし「破裂」の歌詞では恋愛要素は添え物ではないかと思わせるような展開をしてゆくのです。
サウンドと同様に抽象的で捉えがたい歌詞ですが丁寧に紐解いてみましょう。
彼らが「破裂」と称したものは何だったのかを明らかにします。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
邦楽の臨界点
時代を画するサウンドを聴く
もう精一杯だろ
身体に満ちた涙溢れ出すよ
とめどなく
小さな綻びから
するりするりと
滲んでるよ
出典: 破裂/作詞:常田大希 作曲:常田大希
歌い出しの歌詞はこの様になっています。
歌詞の分析に入る前にやはり特筆しておかなければいけないのは「破裂」の見事なサウンドでしょう。
色々な時代に「邦楽も洋楽に追いついた」という言葉が使われました。
しかし肝心の比較対象の洋楽の方も年々、サウンドの傾向を新しいものに変えてきています。
一度追いついたはずの邦楽はまた洋楽に差をつけられていたなどの事例は後を絶ちません。
しかしKing Gnuの「破裂」は「邦楽の方が洋楽を追い抜いた」例として記憶されるでしょう。
それほどにジャンル分けを不可能にするオリジナリティあふれるサウンド・メイキングです。
邦楽の世界に米津玄師・あいみょん・Official髭男dismなどの新世代が登場して人気を博しています。
その中でKing Gnuも評価されているのですが、彼らには異端の薫りがするのです。
J-POPの外のクラシック畑とジャズやロックからやってきたという経歴の異端性もあるでしょう。
しかし創り上げている音楽がこれほどに自由な意志で奏でられていることに驚かされます。
何の音楽をやりたいというよりもとにかく唯一無二の音楽を奏でたいという意志が彼らを特殊にしました。
楽曲でいうとまさにこの「破裂」こそ彼らの異端者としての真骨頂のような気がします。
この記事は歌詞の分析について紙幅を割くものです。
しかし議論に必要な前提条件としてサウンドについてここまで語りました。
特殊な音楽にコーティングされた「破裂」の歌詞にこれから迫ります。
内面の破綻とその先のビジョン
歌い出しにおいて常田大希は恋愛における限界値に達したことを告白します。
男言葉の語り手がまず登場してその限界について歌い出すのです。
感情が破綻してしまうほど疲弊しきっている状態のよう。
恋愛の具体的に何がこの語り手を追い込んだのかは明示されません。
リスナーは想像の羽を広げてこの難問について解釈してゆかないといけないのです。
最初は目に見えないような小さな破綻から始まったことは歌詞から推察できます。
どんなに強固な絆を誓った恋愛でも些細な行き違いが原因で破綻することもあるでしょう。
恋愛は違う境遇を生きてきたふたりが結ばれる奇跡です。
しかし境遇の違いを埋めきることができずに早々に破談することもあるのが真実でしょう。
この語り手も僅かな亀裂から涙が漏れると歌っています。
語り手とパートナーの間にある違いから生じた溝を埋めることができずに限界に達しました。
つまり歌い出しの時点ですでに語り手の内面は「破裂」を起こして涙がこぼれ落ちているのです。
決定的な「破裂」ではなくてもすでに破けている状態で歌が始まりました。
この先のドラマはどうなってゆくのでしょうか。
先を見ていきましょう。
強がっているのは誰
強い女性の登場はなぜ
そのうち朝日は昇り
全ては幻、ただの夢だって
そんなもの。
真面目すぎるのよ
独りぼっちのふりをしてさ
すべては幻
出典: 破裂/作詞:常田大希 作曲:常田大希
文体が女性の言葉遣いに変わっています。
話者が変わったのでしょうか。
破綻に怯えて涙を流した男性の語り手よりも女性の話者の方が楽観的です。
行き違いが生じた夜に怯えて震えてしまった男性に幻や夢に過ぎないものを見ただけだと諭します。
あなたは生真面目すぎて恋愛には向かないかもしれないわねというようなキツい言葉も登場するのです。
女性の方が主導権を握っていることがこの一節から感じられます。
もしかしたら女性の方が歳上なのかもしれません。
歳上の女性は歳下の男性の未熟さこそ魅力に思っているようです。
しかしあなたがしているのは孤独の真似事よという見透かし方もします。
歳上の女性に恋する男性は自分よりも大人びた魅力を持っているパートナーに惹かれるのです。
男性の方が振り回されているような状況かもしれません。
しかしこうした境遇でキツい言葉を投げかけられてもマゾヒスティックに男性が女性を崇拝します。
男性と女性の間にある恋愛に対しての温度差や姿勢の違いのようなものが浮き彫りになるのです。
しかし女性が虚勢を張っている可能性も捨てきれません。
お互いが傷付いていることを認めたくないという思いから強がっている可能性だってあるのです。
もう少し先の歌詞をご覧ください。
あなたのために逃走線をゆく
いつでも強がってないでさ
光だけをみつめていて
めくるめく逃避行の旅へと
貴女連れ出すから
出典: 破裂/作詞:常田大希 作曲:常田大希
崩れ去っていた男性が女性に向かって強がらないでと歌います。
この描写は明らかに先の破綻しそうな心境とは矛盾するのです。
今度は男性として女性をリードしようとします。
この入れ替わり立ち替わりの状況にある矛盾は何でしょうか。
「破裂」という楽曲は歌詞の内部で破綻を喫します。
ドラマは掴みどころが失くなり、リスナーには混乱が押し寄せるでしょう。
常田大希は不自由なJ-POPに苦言を呈します。
それはサウンドのことだけではないかもしれません。
歌詞の自由度に関しても一家言あるのかもしれないと思わされます。
生真面目に歌詞を追う姿勢に対してもっと自由にと促している印象があるのです。
盛んにサウンドの先進性について詳述しました。
King Gnuは先進的なサウンドを抱えながら普通の解釈しか許されない歌詞を添えるのを嫌ったのでしょう。
希望の光だけを見よう。
そして逃走線を繋いでゆこうと願います。
この旅に愛する女性を連れてゆこうと思い立つのです。
これはあらゆるしがらみや決めごとからの逃避行になります。
この先は常田大希の思いに沿った世界が続いてゆくのです。