いつの日か気がついたら 泣くことも少なくなりました
生まれてこのかた僕は この街のなか歩き回りました
あの路地もあの公園も小さくなって
袖の足りない服をまだ着つづけている
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
小さな頃は気持ちに素直に泣いていた自分がいたはずです。
でも今では涙を見せることも減っていませんか。
そんな変わってしまった自分を感じる一方で、街のいたるところで街は何も変わっていないことに気づくのです。
いつも通っていた路地も遊んでいた公園も、お気に入りの服もみんな小さくなってしまったのです。
そしてそれはただ自分だけが成長してしまったことに気付くタイミングでもあるのでしょう。
聖者の行進が 賛美歌と祈りが
この街を包帯でくるんで
癒えるのを待っている
僕は悔やみ続けている
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
聖者や賛美歌、祈りというのは宗教で使われる言葉ですよね。
そうした普遍的で高尚なものになってしまったと感じる街のことを、ひどく自分とは遠い存在のように感じるのではないでしょうか。
そんな遠い存在の街は変わらないままでも、今を生きていこうとしているのです。
自分だけが進む世界の中で生きていたように感じ、もう過ごしてしまった時間を戻ることができないことを悔やんでいるのではないでしょうか。
自分のことしか見えなくなる後悔
いつの日か気がついたら 遠くまでが見えなくなりました
街頭のあかりが弾けて 花火みたいなふうに見えました
今誰かの心の中見たいくせに
ちょっと先の看板の文字すら見えない
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
自分の人生に必死になっていると自分のことだけがはっきりと見え、他の事柄はぼんやりとしてきます。
街の明かりは遠くで弾ける花火のようにぼんやりとどこか他人事のように。
人の心の中という深く見えづらい部分を覗き込みたいと思う気持ちは起こるけれど、そんな複雑なものを見ることが本当にできるのでしょうか。
とある日の待合室で 女の人と一緒になりました
美しく笑う人で どんな言葉も尽くせませんが
同じようにこの街で生きてるのに
そう思うと恥ずかしくて たまらなくて
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
自分や街について色あせた気持ちを感じている中で出会った女性は美しく見えたのです。
同じように生きているはずなのに女性は美しく輝いている、一方で自分はこんな風になってしまっている。
そう思うと自分が恥ずかしくなるのです。
どこか劣等感を感じながら生きていると他人が眩しく見え、自分のことがひどく嫌になりますよね。
天使の遊戯が 女神の息が
この街に水をもたらして
癒えるのを待っている
僕は悔やみ続けている
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
こんな街で過ごしたから自分はこうなってしまったのだ、というのは簡単でしょう。
でもどこからか天使や女神のような存在からきらめきを集めているように、眩しく生きている人もいることに気づくのです。
そんな素敵な人たちも過ごす街はまだこれからも輝こうとしているのではないか。
もうこんな街は終わってしまったと感じてしまったいたことに対して、ひどく後悔の念に駆られているのではないでしょうか。
明日は続いてしまう
聖者の行進が 賛美歌と祈りが
この街を包帯でくるんで
癒えるのを待っている
僕は悔やみ続けている
天使の遊戯が 女神の息が
この街に水をもたらして
癒えるのを待っている
僕は悔やみ続けている
それでも明日は来る
出典: 懺悔の街/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
戻れない何かと進み続ける何かの葛藤を感じたり哀愁を感じる曲ですよね。
複雑に感じ続ける心に思考停止をしてしまいたくなる毎日と、そんな思考を放棄をしてしまうことへの罪悪感。
進み続けてしまってこの状態でよかったのかと感じていても、時間は止まることなく進んでしまうのです。
コード譜を使って演奏してみよう
人気を伸ばし続けている米津さんの楽曲を演奏する人はどんどん増えてきています。
今回紹介した「懺悔の街」も演奏している人を動画サイトで見ることができますよ。
そこで演奏の際に役に立つコードについて紹介して終わりたいと思います。