太田裕美のこの冗談は史実としても真実なのではないでしょうか。
いま遠距離恋愛をしている方にはつらい結末の歌詞になりますが、いまと1975年では時代が違います。
スマートフォンやSNSの普及で遠距離恋愛もそれほどハードルは高くなくなりました。
また、東京という街にかつての時代ほどの魔力はなくなっています。
東京・九州間も飛行機ですぐに帰れる。
詩情はなくなってしまいましたが、遠距離恋愛のスタイルが変わること自体は悪いことではないはずです。
遠距離恋愛が大変だった時代を思い浮かべながら、この曲を愛し続けていきたい。
悲恋を描いた曲ですが、いつまでも若々しい印象が「木綿のハンカチーフ」の最大の魅力です。
太田裕美、松本隆、筒美京平、すべてのエレメントが大事。
1975年、日本の歌謡界に起きた素晴らしい奇跡、それが「木綿のハンカチーフ」です。
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