キリンジ「アルカディア」はディストピア?それとも理想郷?
アルバム「3」収録曲
美しいフルートの音色が響きつつ、どこかアンニュイな「アルカディア」。
堀込高樹さんと堀込泰行さんの兄弟2人、キリンジ時代の名曲です。
作詞作曲は堀込泰行さん。
メジャー3枚目のシングルとして2000年1月にCDリリースされました。
MVをチェック!
■アルカディア
ギリシャのペロポネソス半島中央部にある古代からの地域名で、後世に牧人の楽園として伝承され、理想郷の代名詞となった。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/アルカディア
タイトルが意味するのは理想郷。
ところがMVで描かれているのは、むしろディストピア的な世界観です。
クロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」を彷彿とさせる映像は、ヌーヴェルヴァーグへのオマージュ。
1990年代にピチカート・ファイヴらが築いた渋谷系音楽を、2000年代にキリンジが受け継いだかたちです。
キリンジの2人はドライブ中に、ヒッチハイクをする女性と遭遇します。
行きたい場所は海。
快く乗せてあげると、女性はジャン=ポール・サルトルの哲学書「存在と無」を読み始めます。
途中、立ち寄った売店で2人が新聞を見ると、テロリストやゲリラといった文字、女性の写真がありました。
それでも辿り着いた海で女性が車を降ると、各地で爆発が起き、キリンジの2人が乗った車も炎上します。
実はテロリストだった女性の、恩を仇で返すような行為は、とても理想郷での出来事とは考えられません。
歌詞には「昨日と明日の狭間」や「冬の空」が描かれていますが、MVとどのような関連性があるのでしょうか。
その意味を深めていきましょう。
1番の歌詞を見よう!
意味ありげな情景描写の解釈にストップがかかる
滲むキラ星
響く靴底のブルース
ついて出る言葉は
放たれて意味へ急ぐ
出典: アルカディア/作詞:堀込泰行 作曲:堀込泰行
冒頭の2行で、非常に意味ありげな情景描写が展開されます。
どうして輝く星はぼやけているのだろう。なぜ足音には哀愁が漂っているのだろうと考え始めるわけです。
そこへ後半2行が畳みかけられます。
言葉が紡がれた瞬間から、その意味を探り始めてしまうのは確かです。
何しろ、天から地へ一気にカメラアングルが切り替えられ、しかもきらめきと悲しみが混在しているような状態。
ものすごく意味がありそうです。
早くその意味を知りたい。
そう思うのが自然でしょう。
そこまで見透かしたうえでの情景描写となると、現段階での解釈は保留したほうが良さそうです。
ほうき星がフルムーンを貫くと流血するの?
光るやいなや
消える彗星のコース
満月を射止めて
血にうえた僕は笑う
出典: アルカディア/作詞:堀込泰行 作曲:堀込泰行
そろそろ意味を考え始めてもいい雰囲気が漂ってきました。
冒頭の歌詞では、足音が物悲しく聞こえるほど静かな夜に、輝く星がぼやけて見えたわけです。
もしかしたら主人公は泣いていたのかもしれません。
そしてここでは弓矢を放つかのように「フルムーンを目がけてほうき星が流れるといいのに」と願っています。
もし願いが叶ってそう見えたとしても、実際には何も衝突していません。
おまけに誰もケガをしませんが、主人公としては月が流血する想像をしておもしろくなったというわけです。
これは実際の風景を何かにたとえることにより、自分の思いを重ねる遊び。
ここからはまったくの想像ですが、主人公は誰かのハートを撃ち抜くことができなかったのではないでしょうか。
要するに失恋です。
だから泣いています。
そして本当は流血させるくらいの勢いで相手の心を貫きたかったという話。
あるいは自分自身が心から血を流すほど痛手を負ったのかもしれません。
もしくは自暴自棄になって、流血騒ぎでも起こしかねない心境になっているとも受け取れます。
もしかしたら、MVの女性テロリストと同じ衝動を抱えているのでしょうか。
いずれにしても、せっかく輝いた恋心が無残にも打ち砕かれたので、ほうき星みたいと自嘲しているようです。