中島みゆきさんが作詞した曲であることを調べるまで気が付きませんでした。
この曲は吉田拓郎さんの色がとても出ている楽曲になっています。
作詞の技術があるのももちろんだと思いますが、中島みゆきさん自身、ずっと吉田拓郎さんの曲を聴いて育ってきた人だから書けた歌詞なのでしょう。
吉田拓郎がデビューした頃の時代背景
吉田拓郎さんがデビューしたのは1970年。
ですがそれ以前から地元である広島でシンガーソングラーターとして活動していました。
当時は学生運動の最中であり、吉田さん自身もそれに傾倒した歌を作っています。
一説では自主製作した最初のアルバムは、学生運動のための資金稼ぎだったともいわれているようです。
青春期は激動の時代
1946年生まれの吉田拓郎さんは戦後の復興と共に成長した世代です。
敗戦国の貧しさの中で幼少期を過ごし、立ち上がろうとするエネルギーを全身で感じて大人へと成長します。
今では考えられないほど主義主張を持った学生が多い時代。
学生運動に参加しない人たちは「ノンポリ」と呼ばれ、共闘から脱落した者を「日和った」と形容するなど過激な思想が主流でした。
日本という国が、負った傷の膿を自らの手で掻き出そうと血を流しもがいたあの時代。
吉田拓郎さんが書くメッセージソングはその象徴として受け入れられていきます。
よしだたくろうから吉田拓郎へ
デビュー初期は「よしだたくろう」で活動していましたが、1975年から「吉田拓郎」という漢字表記に変えています。
これはフォーライフレコードの創立を機に変えたもので、創立メンバーは泉谷しげるさんと井上陽水さん、そして小室等さんの4人です。
アーティストだけで立ち上げたレーベルとしては日本初の試みであり、吉田拓郎さんは二代目の社長を務めています。
中島みゆきと吉田拓郎の共通点
学生運動という激流の中で、強いメッセージ性を持った楽曲を発表した吉田拓郎さんに影響を受けたのが中島みゆきさんでした。
後に吉田さん本人は「あのメッセージは嘘っぱち」という内容のコメントを出していますが、傾倒した人はとても多かったのも事実です。
特に学生運動に参加できず、漫然と時代の動きを観るしかなかった当時の高校生にとってはカリスマ的存在でした。
中島みゆきさんは吉田拓郎さんより5歳若いので、まさにその高校生だったのです。
安保闘争や日大闘争、安田講堂事件と立て続けに起こった学生たちの最終決戦。
夢破れ増えていく日和った人たち。
そんな時代に多感な時期を迎えていた中島みゆきさんも、吉田拓郎のメッセージに心を揺さぶられたのでしょう。
2人の歌の根底に流れるのは、今も「あの頃のやり場のない怒り」ではないでしょうか。
永遠の嘘とは何か
そういう時代背景を踏まえた上で「永遠の嘘」とは何かを考察してみましょう。
別れというケジメを付けずに会わなくなった男女の歌ともとれるような歌詞ですが、学生運動の歌とも解釈できるのです。
「上海」「ニューヨーク」「成田」の意味
ニューヨークはアメリカを象徴しているのは明白ですし「成田」も成田闘争を示唆しています。
しかし、北京でも香港でもなく「上海」としたのはなぜでしょうか。
それはどんどん少過激になるにつれ孤立していった学生運動家たちが逃げるように渡った場所だからです。
革命の夢破れ日本を追われるように出て行ったあの頃の学生運動家を表現しているのだと思います。
もちろんこれはかつての学生運動家たちに贈られた歌ではありません。
あくまでも吉田拓郎さんのための歌です。
学生運動に象徴されるあの時代の寵児に向けた「あの頃を思い出せ」というメッセージだと思います。
「永遠の嘘」とは
人生を賭けた革命に敗れ、挫折者としてただ生きながらえている友へのメッセージ、それが「永遠の嘘をついてくれ」です。
まだ革命をあきらめたわけじゃない。
俺の心は死んではいない。
自分の全てを賭けた戦いに後悔はしていない。
そう言ってくれ。
そうでないと俺たちが過ごした時間が全て幻になってしまうだろう。
俺たちは間違ってはいなかったはずだ。
俺は日和ってしまったが、お前は戦い続けたじゃないか。
お前は俺の希望なのだ。
どんなに辛いことがあっても、お前が夢を追っていることが支えになっていたんだ。
頼むから現実を教えないでくれ。
「死ぬまで戦い続けるさ」と嘘でもいいから言ってくれ。
そう言っているのです。
中島みゆきが楽曲に込めた思いとは
吉田拓郎さんが発したメッセージに心を震わせ同じ道を目指した中島みゆきさん。
さすが「女拓郎」と呼ばれただけのことはありますね。
彼女にとって吉田拓郎というシンガーソングライターは青春の象徴なのかもしれません。
ある意味「神の領域」であった本人から「書けなくなったから遺書のような歌を書いて欲しい」。
こういわれた時は複雑だったでしょう。
書けなくなったということは自らの老いを認めたことに繋がります。
神が自らの限界を認めてしまっては信者が路頭に迷うだけです。
それは学生運動家が革命をあきらめ、過去を「過ちだった」と後悔することと同義になります。
そんな弱気な言葉は口にしないでくれと、中島みゆきさんは激励しているのです。
「死ぬまでメッセージソングを書き続けるさ」と嘘でもいいから言って欲しいという願いではないでしょうか。
そうでないと自分がこの道に進もうと心に決めたことが薄っぺらになってしまいます。
いずれ自分もそうなるのかという「見たくない現実」を突き付けないでくれ。
そういう思いを感じ取ることもできますね。