「春風」が呼んだものは
2000年4月5日発表、くるりの通算5作目のシングル「春風」をご紹介しましょう。
松任谷由実と矢野顕子という日本を代表するレジェンドふたりがそれぞれカバーしている名曲です。
往年のはっぴぃえんどの名曲「風をあつめて」を彷彿とさせる楽曲として記憶に刻まれています。
くるりがフォーキーなサウンドを鳴らしていた時代の楽曲です。
くるりの本質がギター・サウンドを主体とした歌ものという点は変わりません。
それでも今ではシンセサイザーを加えて雄大なシンフォロックまで響かせるようになりました。
当初よりアルバムごとにその表情を変えていたくるり。
どの時代のくるりも魅力的であることには変わりがありません。
それでもこの「春風」の心地よさというものは多くの人の記憶にしがみついているでしょう。
本当に春の風に吹かれているような爽やかさと固有のセンチメンタリズムへの訴え方が見事です。
花々の名前をたくさん知っていることを歌う歌詞が印象的であります。
人に必要なものはこうした一種の文化的な余裕だったと忙しい日々の中で気付かされました。
この曲の歌詞を紐解いてのんびりした春の陽射しに当たってみましょう。
しかし「春風」はときに春嵐を呼び込むものですので解釈の際には細心の注意が必要です。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
僕が求めるものは
はっぴぃえんどへのリスペクト
揺るがない幸せが、ただ欲しいのです
僕はあなたにそっと言います
出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の僕と愛するあなたです。
僕は誰にでもある幸せへの希求の心持ちを打ち明けます。
幸せに望むべき形のようなものは人それぞれでしょう。
僕が望む幸せはあなたと一緒に愉快に過ごすことにあります。
愛する人がいるならば生活ができるだけ平穏に過ぎゆくことを祈るものです。
文末が「です・ます」調で揃えられている辺りに松本隆がはっぴぃえんどで実践した詩作を彷彿させます。
ゆったりとした曲調は細野晴臣が作曲したはっぴぃえんどの「風をあつめて」と親和性があるでしょう。
後に矢野顕子がこの曲をカバーしました。
矢野顕子は細野晴臣の曲を可愛いと評して愛しています。
岸田繁の楽曲にも同様の可愛さを発見したのでしょう。
歌の言葉というものは魅力的でないと生き残れません。
岸田繁が「春風」に綴った言葉も間違いなく魅力的なものなのです。
花に託した思いは何だろう
言葉をひとつひとつ探して
花の名前をひとつ覚えてあなたに教えるんです
出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
言葉が豊かな人には揺るぎない魅力を感じさせられるものです。
その人の感性というものをコミュニケーションの中で交換・交歓できるのは言葉の力でしょう。
僕もいっぱい言葉を見つけようとします。
的確な言葉をひとつ見つけることも大事な感性によるものです。
僕は春の日の風に吹かれて相応しい言葉を探しあぐねます。
中でも春に咲く花の名前は特に大切なものです。
心に余裕がある人しか花の名前はインプットできません。
僕には独特の優雅さがあります。
優しい人格が滲み出るようで、こうした男性像を描く岸田繁に好感を持つ女性ファンも多いでしょう。
好きな女性のために花の名前を覚えて伝えることには、その仕草を超えた優しさがあふれるのです。
心の交歓というものはこうした優しさに根付いたものであることを思い知らされます。
花の名前をただ伝えるだけなのですが、そこに潜む僕の愛情の深さに心を打たれるのです。
身体で覚える愛もある
気づいたら雨が降ってどこかへ行って消えてゆき
手を握り確かめあったら
眠ってる間くちづけして
少しだけ灯を灯すんです
出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
春の日の天気は割と気まぐれなものです。
桜の花が咲くと雨の予感に怯えたことがある人も多いでしょう。
せっかく咲いた春の花も嵐のような雨で散ってしまうことさえあります。
春嵐という言葉もあり、穏やかな春の日々のイメージは実態とそぐわないものです。
くるりの「春風」でも雨が降り注ぎます。
しかしこの時点ではまだ雨によってもふたりの愛の確かさは微動だにしません。
ふたりで手を握りながら確かめ合う愛というもの。
そのてのひらの温もりに宿っている熱こそが愛の証です。
僕は言葉にもこだわりますが、きちんと行動の中で愛を表現します。
言葉に昇華しすぎた愛は観念の塊のようなものです。
そこにはたくさんの思いが詰められていますが愛を実際に担保するのは肉体ではないでしょうか。
手を握ったり、くちづけを交わすという肉体的な裏付けにこそ揺るがない幸せが宿ります。
僕はあなたを起こさない程度の僅かな灯りの中で幸せを再確認するのです。
春の日に好きな人と時間をともにできることの幸せというものは格別なものがあります。
春先になると幸せなラブソングがヒットすることには理由があるのです。
クローバーの飾り
儚いものが壊れてしまわないように
シロツメ草で編んだネックレスを
解けないように 解けないように
出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁