息の長いスタンダードナンバー「恋人よ」

【恋人よ/五輪真弓】歌詞の背景には壮絶な別れがあった…あの頃の映像をYouTubeで確認!コード譜もの画像

意外や意外。リリースは真夏!?

五輪真弓の代表曲にして最大のヒット曲「恋人よ」は1980年8月21日リリース。夏真っ盛りの8月発売!

晩秋もしくは冬を想わせる歌なので、これにはぼくも驚きました。しかも吹き込んだのは6月だったというから2度ビックリ!

そういえばTUBE夏うたは、真冬にTシャツ姿でレコーディングしたんだそうですよ。ちょうどそれの逆ですね。

年をまたいでロングヒット!

それもそのはず。「恋人よ」がヒットチャートを駆け上がったのは、その年の秋が深まってからのことでした。

TBSの歌番組「ザ・ベストテン」では11月6日で第10位に初登場。12月には3週連続でオリコンチャート1位を獲得。

オリコンチャートでは100位以内に35週間ランクインを続け、1981年度の年間チャート8位を記録。

ミリオンセラーを達成し、レコード大賞は逃したものの、まだ賞レースだった1980年の「FNS歌謡祭」で、最優秀歌唱賞に輝いています。

売れ方が今じゃありえない!

初夏にレコーディングした冬の歌が、夏のさなかに発売されて、思い出したように秋から冬にかけて売れる。そしてそのまま売れ続ける。

今となってはこのこと自体がスゴイのですが、それにしてもヒット曲の寿命が長かった時代とはいえ、特異な売れ方をしたものです。

当時の歌唱映像です

もちろん紅白歌合戦にも出場しています。

1980年の紅白での本人歌唱をごらんいただきましょう。

女性シンガーソングライターの元祖・五輪真弓

「和製キャロル・キング」と呼ばれて

五輪真弓は1972年10月にデビュー。アルバム「五輪真弓/少女」とシングル「少女」同時発売でのデビューでした。

デビューアルバムはロサンゼルスで録音され、かのキャロル・キングもレコーディングに参加しています。

そのことやキャロル・キングへのあこがれもあり、五輪真弓は「和製キャロル・キング」の異名を取りました。

ぜーんぶ五輪真弓が最初

五輪真弓はユーミンや中島みゆきと同世代。

彼女たちの成功に触発され、渡辺真知子、尾崎亜美、八神純子ら女性シンガーソングライターが立て続けにデビューしました。

画期的だった海外レコーディングも、五輪真弓は八神純子より8年も前に行っています。

海外でレコーディングを行う女性のシンガーソングライター今でこそ当たり前のことを、初めてやってのけたのが五輪真弓です。

「恋人よ」が有名になりすぎて忘れ去られているようですが、五輪真弓は女性シンガーソングライターの草分けなのです。

【恋人よ/五輪真弓】歌詞の背景には壮絶な別れがあった…あの頃の映像をYouTubeで確認!コード譜もの画像

「恋人よ」が誕生するまで

歌謡曲歌手への転身?

シンガーソングライターの旗手・五輪真弓をよく知る熱心なファンの中には、「恋人よ」はいかにも歌謡曲っぽくて物足らない、という人もいます。

そうした意見に対して五輪真弓は、自分の中ではそれも自然な路線変更だったと答えています。1976年にアルバム制作でフランスに渡ったことがきっかけでした。

週刊誌の記事から引用します。