当時、三浦友和さんと結婚して引退することはファンならずとも広く知れ渡った事実でした。
しかし「約束なし」と敢えて言うことで優しさを醸し出しています。
「突然あなたの前から消えることを許してね」と心を込めて謝罪しているかのようです。
しかも「これで終わり」とは言わず、「もし次があっても約束はできない」としています。
ここで「約束」をリフレインしているわけですが、この約束とは何でしょうか。
それはファンとの約束でした。
ずっとみんなのアイドル「山口百恵」でいることを続ける約束です。
歌手「山口百恵」は消えるけれど、この世からいなくなるわけではないから安心してね。
そしてもし、どこかで出会うことがあってもそれは一般人「三浦百恵」だから、そっと見守ってね。
そう言っているのではないでしょうか。
実際に山口百恵さんの自宅にファンが押し寄せて近所迷惑をかけたという事件や事故は起こっていません。
彼女が大好きだったからこそファンは見守ることで愛情を表現しようとしたのでしょう。
引退後の彼女の周りで問題行動を起こしているのはファンではなくそのほとんどがマスコミです。
全てのものへの「感謝」
思い出す「あなた」のこと
あなたの燃える手 あなたの口づけ
あなたのぬくもり あなたのすべてを
きっと私忘れません 後ろ姿みないで下さい
出典: さよならの向う側/作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
この部分は見方によっては「ラブソング」としての一面が見られます。
「あなた=ファン」という構図で見れば、ファンへの強い感謝が読み取れます。
燃えるようなファンの愛。
口づけをするかのごとく情熱的なファンの愛。
そして、ファンの根本にあるのは百恵さんを包み込む「ぬくもり」であり「優しさ」。
全てのファンに対して、百恵さんは目一杯感謝の気持ちを歌い上げるのです。
山口百恵さんのファンは彼女のことを等身大の身近なアイドルという扱いはしていなかったようです。
ひと言でいうなら「歌姫」。いわゆるディーヴァといえます。
お姫様ですから神々しさと気高さ、そして孤高の美しさ。
まさに歌手「山口百恵」そのものです。
そんな高嶺の花である女性から「感謝しています」と心を込めていわれたらきっと何でも許してしまいます。
「さよなら」も言わない
Thank you for your kindness.
Thank you for your tenderness.
Thank you for your smile.
Thank you for your love.
Thank you for your everything.
さよならのかわりに
出典: さよならの向う側/作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
ここでも、ファンに対しての強い感謝が繰り返し表現されます。
親切さ、優しさ、笑顔、愛、そして全てのもの。
それらに感謝する百恵さんは「さよなら」という言葉のかわりに歌います。
「またね」とも言わないけれど「さよなら」とも告げることはない。
「さよなら」などという別れの言葉で、百恵さんの記憶を終わらせてほしくなかった。
この曲を歌うことで、芸能界を引退する。
そうすれば、ファンの心の中に最後に残るのは熱唱する百恵さんの姿です。
最後まで、山口百恵は山口百恵であり続けたのかもしれません。
そして、歌手としての山口百恵を永遠に忘れないでほしい。
ファンに向かって、そう願ったのかもしれません。
彼女に対して注がれていたファンからeverythingを失ってでも欲しかったもの。
それが「幸せな家庭」でした。
そのことは誰よりもファンが一番理解していたのでしょう。
応援してくれた「あなた」に
支えてくれたのは「あなた」だった
眠れないほどに 思い惑う日々 熱い言葉で
支えてくれたのは あなたでした
時として一人 くじけそうになる 心の夢を
与えてくれたのは あなたでした
出典: さよならの向う側/作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
スターだった百恵さんも、常に順風満帆だったわけではありません。
こんな有名な逸話があります。
1972年、百恵さんは「スター誕生」という番組からデビューしました。
その番組で、日本を代表する作詞家、阿久悠さんから「歌手には向かない」と評されたそうです。
阿久悠さんが亡くなった今、その言葉の真意は私たちにはわかりません。
しかし、その言葉を投げかけられた百恵さんは落胆したことでしょう。
そのように思い惑う日々も、くじけそうになった日も、百恵さんにもあったと思います。
でも、そんなときに百恵さんを支えたのは一人一人のファンの存在でした。
情熱的な言葉で百恵さんを奮起させる。
くじけそうになる百恵さんに夢を与えてくれる。
山口百恵は最初からスターではなかった。
ファンに支えられながら、山口百恵はスターへと進化していったのです。
そんな百恵さんの歌手としての成長や、ファンと二人三脚で進んできた姿が思い浮かびます。
さり気なさの裏側
last song for you. last song for you.
涙をかくし お別れです
last song for you. last song for you.
いつものように さり気なく
出典: さよならの向う側/作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
ここでは、どのような散り際を迎えたいか、という百恵さんの意志が見えます。
百恵さんが望んでいるのは、大げさな別れの場面ではない。
涙を流し、抱き合うような、仰々しい別れの瞬間ではない。
あえて涙は見せずに、いつもの去り際のように別れていく。
淡白とも受け取れますが、逆に悲しみが強調されているようにも読めます。
人が大切な人と別れるときに笑顔でいるのは、笑顔の裏に悲しみを隠すためです。
溢れ出そうになる涙を、どうにか抑えるために、人は平静を装う。
さりげなく去ろうとする百恵さんの頬には、やはり涙が伝っていたのでしょう。