ムード歌謡
昭和を彩った流行り歌、ムード歌謡。
その語感からも感じられるように、大人のムードに満ちた歌謡曲です。
テーマは男と女。盛り場で繰り広げられる、切なくやるせない思いが描かれます。
「そして神戸」、ムード歌謡の世界を覗いてみましょう。
独特の世界観
昭和の時代も、平成の時代も、そしてこれから続く令和の時代も。
たぶん、男と女の間で起こることはそれほど違いはないでしょう。
異性が出会い、惹かれ合いそして恋に落ちる。
幸せな結末もあれば、不幸な悲しい結末もあるでしょう。
この世に男女がある限りそれに変化はなく、芸術はいつだってそれをテーマにしています。
ムード歌謡も例に漏れることなく男女の関係がテーマ。
ムード歌謡とJポップの大きな違いを挙げるとすればそれは「諦め」の深さではないでしょうか。
恋を失う時には、諦めがセットでついているもの。
ムード歌謡の場合、その諦めは恋だけでなく、自分の人生そのものへの諦めが感じられます。
人生も恋も、全ては自分の運命として受け入れるようなやるせなさ。
時代が描くムード歌謡の世界は、高度成長期の陰で捨て去られる悲しい弱者の物語でもあります。
捨てられて
神戸 泣いて どうなるのか
捨てられた我身が みじめになるだけ
神戸 船の灯 うつす
濁り水の中に 靴を投げ落とす
出典: そして神戸/作詞:千家和也 作曲:浜圭介
恋を失い神戸の街をさまよう主人公。
叫ぶように歌われる街の名前にはどんな意味が込められているのでしょうか。
捨てられて
失恋の仕方は様々です。相手の裏切りや、心変わりなど。
数ある失恋の中で「捨てられる」というのはどんなことなのでしょうか。
相手から恋の中断を言い渡される恋の終わり方であることは間違いありません。
加えて、何かしら頼っていた相手から切り捨てられるような別れを連想します。
フィフティフィフティの間柄の男女なら、例え相手から一方的に別れを告げられても「別れ」以上でも以下でもないでしょう。
そうではなかった男女の恋。
愛玩動物のように女性をかわいがり、時期が過ぎれば簡単に手放してしまう男性。
それをわかっていながら、その愛にすがっていたい女性の悲しみ。
「捨てられた」という言葉に込められた女性の心の傷の深さが迫ってきます。
あなたのために
女性にとって「靴」は特別なアイテムです。
選ぶ靴によって、その女性の心理がそこに見て取れるほど。
濁った水面に沈めた主人公の靴はきっと華奢なハイヒール。
それは男のために美しい女性を演じる大切な小道具だったはずです。
ハイヒールは、歩きにくく足への負担が大きい靴。
無理をしてでもそんな靴を履くのはほかならぬ好きな男のためであり、恋する自分のためでもあります。
足が痛くても、無理をしてでも美しくありたいのは女としての幸せを感じていたいから。
華奢で不安定なハイヒールは、支えてくれる男性を持つ女性の勲章でもあります。
愛する男性を失った今となってはそんな靴も、みじめで滑稽な恋の遺品です。
恋の証であるハイヒールを捨てること。
それは女性にとって、恋の未来を捨てることです。
終わりがあって
そして ひとつが 終わり
そして ひとつが 生まれ
夢の続き 見せてくれる
相手 捜すのよ
出典: そして神戸/作詞:千家和也 作曲:浜圭介
恋の終わり。
それは何度経験しようと辛いものです。
主人公の心の中を覗いてみましょう。
終わりと始まりと
一つの恋が終わった。言葉にするとそれだけのこと。
二人の歴史が幕を下ろし、しかもそれは主人公にとっては不本意な終わり方であったようです。
一つの恋の終わりの次に始まるもの、生まれるものとはなんでしょうか。
一つはお相手の男性の新しい恋。今回の恋の終わりの根源になったものかもしれません。
そしてもう一つは主人公がやがて迎え入れる新しい恋。
恋の始まりにはいろんなパターンがあります。
まずは、何もない状態の気持ちの中に突然はまり込むような恋。
他には、過去の恋を忘れるために始める恋というのもあるでしょう。
主人公の女性は、後者「恋を忘れるための恋」を捜して街をさまよい歩いているようです。