「冬のリヴィエラ」を歌う人-森進一

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森進一」という歌手をご存じない人もおられないでしょう。1960年代から活躍するベテラン歌手です。最近ではONE OK ROCKのボーカルtakaのお父さんとしても知られていますね。

1966年「女のためいき」でデビュー。一度聞いたら忘れない、特徴あるハスキーボイスが魅力です。デビュー3年目で紅白歌合戦初出場、4年目でトリを務める快進撃を遂げます。

1986年、歌手の森昌子と結婚。昌子との間に3人の男児を授かります。長男がONE OK ROCKのtaka、三男がMY FIRST STORYのHiroです。

夫婦でデュエット、ジョイントコンサートなども行いましたが、約10年間の夫婦生活ののち、森と森の夫婦は離婚。一時、体調を崩してしまったこともありましたが、その後も歌手活動を続けています。

「演歌歌手」だと多くの人に思われていますが、森は「音楽に壁をつくらない」ことを信条にしていて、演歌以外のジャンルも歌います。固定観念に囚われず、さまざまなジャンルに挑戦しています。

森への楽曲提供者も古賀政男や猪俣公章などの演歌作家のほかに、吉田拓郎、大瀧詠一、細野晴臣、小室哲哉など、固定されないジャンルの顔ぶれが並びます。

また、尾崎豊「I LOVE YOU」福山雅治「桜坂」コブクロ「蕾」など幅広いジャンルの10曲をカバーしたアルバム「Love Music」を2009年にリリースしています。

紅白歌合戦は1968年の初出場から2015年まで一度も落選することなく、48回連続出場。これは歴代最多記録です。しかしデビュー50周年を機に勇退、紅白への連続出場を終えました。

紅白歌合戦は勇退しましたが、歌手としての活動はまだまだ盛んです。今年2018年6月にはシングルをリリース予定。タイトルは未定ですが、新しい歌声が聞けるのが楽しみですね。

森進一のほかの作品

森進一と言えばまず「おふくろさん」でしょう。川内康範作詞、猪俣公章作曲のこの曲は森の歌唱曲の中でも特に有名で、森のものまねをする人は大抵これを歌います。森の代名詞のような曲です。

ものまねが「おふくろさん」でない場合は、「襟裳岬」がよく歌われます。これは岡本おさみ作詞、吉田拓郎作曲というフォーク界からの提供で、のちの歌謡界に大きな影響を及ぼしました。

2004年11月リリースの「さらば青春の影よ」ZARDの坂井泉水作詞、大野愛果作曲、doaの徳永暁人編曲というJ-POPではお馴染みの面々による作品。これも聴き応えがある1曲です。

「冬のリヴィエラ」の詞を書いた人-松本隆

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歌本の類を見たことがある人で、松本隆の名を見たことがない人はいないでしょう。それくらい多くの歌手に歌詞を提供していて、軒並みヒットしています。

1969年から1972年まで活動していたバンド「はっぴいえんど」に大瀧詠一とともに所属していました。そこで作詞を担当していた松本は「ですます」調の歌詞を書きました。

当時は「ロックは英語で歌うべき」と頑なに唱えるアーティストも少なくなかった時代。その頃にロックを日本語で歌う道を大きく広げたのは松本隆だったのです。

はっぴいえんど解散後は歌謡曲の世界に進出。太田裕美に提供した「木綿のハンカチーフ」は主人公の男性と故郷に残してきた女性との往復書簡のような構成の画期的な歌詞で、これが大ヒット。

このヒットによって松本は作詞家としての地位を確かなものにしました。1975年リリースの「木綿のハンカチーフ」は現在も歌い継がれる名曲となりました。

その後も数多くのアイドル、アーティストに歌詞を提供しています。ヒットチャートに名を連ねるアイドルならば一度は松本の歌詞を歌ったことがあるだろうというほどのヒットメーカーです。

松本隆のほかの作品

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松本隆の作品をいくつかピックアップするというのは、とても難しいことです。作品数がとても多く、また、そのうちヒットしている割合も特に高いので、どれを選んでいいものやら、と悩むところです。

めずらしいタイトルを挙げると1988年リリースの立花理佐「リサの妖精伝説-FAIRY TALE-」アイドル立花理佐を題材にしたコンピュータゲーム「リサの妖精伝説」のイメージソングです。

ただのイメージソングではなく、歌詞はゲームの内容を反映したもので、攻略のヒントが隠されています。謎の呪文「Sarina Bachita」が曲中で30回も反復される少しデンパ系の曲でもあります。

2008年リリースの「星間飛行」はテレビアニメ『マクロスF』に登場するアイドル歌手ランカ・リーのデビュー曲です。『マクロス』シリーズは「歌」が物語のキーとなる作品。必ず歌う人物が登場します。

『マクロス』シリーズにおいては歌そのものも作品にとって重要な存在です。作曲の菅野よう子からの依頼を受けて快諾した松本は、もともと『マクロス』ファンだったようです。

シリーズへのオマージュが込められた歌詞がついたこの曲も例に漏れず見事にヒット。オリコン週間CDランキング5位に入り込み、その後もランキングに21回も登場するという記録を残しています。

さらにめずらしいところでは訳詞もしています。顔の前に置いたろうそくの火を揺らすことなく歌うことができるという民謡歌手、金沢明子が歌う「イエロー・サブマリン音頭」はビートルズのカバーです。

ビートルズの「イエロー・サブマリン」の歌詞を日本語に訳し、音頭にアレンジして民謡歌手が歌うという大胆な作品です。この日本語訳を松本が手掛けています。

「冬のリヴィエラ」の曲を書いた人-大瀧詠一

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シンガーソングライター、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。この辺りまでが多くの人が認識している大瀧詠一の肩書きです。しかしこれ以外にも、大瀧が手掛けていたことがあります。

ラジオDJや著述業もしていましたし、レコーディングやマスタリングのエンジニアでもありました。また、一時はレコード会社の取締役だったこともあります。

松本隆と同じ「はっぴいえんど」の一人でしたが、はっぴいえんど活動中にソロ活動をはじめました。そして間もなくプライベートレーベル「ナイアガラ・レーベルを設立。

このレーベルから1981年にリリースされた「A LONG VACATION」は、ロングセラーとなりました。「君は天然色」「恋するカレン」などのヒット曲を含む10曲を収録した名盤です。

また同じ頃に、3組の漫才コンビからツッコミ3人が集まったうなずきトリオの「うなずきマーチ」松田聖子「風立ちぬ」、小林旭「熱き心に」など提供曲もチャートインして、時代の人となりました。

そうした活躍ののち2000年代に入るとマスタリング技術を活かして旧譜のリマスタリングを行い、2014年にはすべての作品のリマスタリングを終える予定でいましたが、2013年末に急逝しました。

死因は解離性動脈瘤とされていますが、どの部位で起こったのかまでは明らかにされていません。享年65歳。あまりに突然の他界でした。

大瀧詠一のほかの作品

大瀧詠一は「音頭」を「日本のダンスミュージック」として傾倒していて、早い時期から音頭をつくっていました。1976年には「ナイアガラ音頭」というシングルをリリースしています。

「ナイアガラ音頭」のB面(現在で言うc/w)は「あなたが唄うナイアガラ音頭」。現在で言えばカラオケです。

カラオケボックスが登場して「カラオケ」という言葉が一般に使われるようになるのは1980年代に入ってから。1976年リリース作品にカラオケ音源が収録されているのは大変めずらしいことでした。

松本隆が「木綿のハンカチーフ」を提供した太田裕美に、大瀧は「さらばシベリア鉄道」という曲を提供しています。この曲の作詞も松本です。大瀧はのちに「A LONG VACATION」でセルフカバーしました。

また、松本とのコンビで映画『探偵物語』の主題歌「探偵物語」薬師丸ひろ子に提供。7週連続オリコン1位のヒットを記録しています。

故大瀧詠一プロデュースによる、ビートルズと音頭の合体作! 日本語詞は松本隆!ライブでお楽しみください。

「冬のリヴィエラ」

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「冬のリヴィエラ」は1982年11月にリリースされて、ある企業のCM曲として採用されました。そのため、その年のお歳暮商戦の中で頻繁に流れ、多くの人々の耳に残りました。

佳曲である上に聴く機会がたくさんあったことで、大衆の隅々まで行き渡るヒット曲となりました。翌年1983年に入っても長く聴き続けられ、それにより森進一は同年の紅白歌合戦に出場。

同様に、松本隆は同年の日本作詞大賞グランプリを受賞しています。

リリースからちょうど30年後の2012年には、再び森は「冬のリヴィエラ」で紅白歌合戦に出場しています。大瀧詠一が急逝したのはこの翌年末のことです。