EP『骨抜きE.P.』収録曲「人魚」
今回ご紹介する「人魚」は、2016年に発売されたポルカドットスティングレイ初の全国流通盤EP『骨抜きE.P.』に収録されています。
このEPはTower Records全店総合ランキングで週間2位を記録、期待の新人と随分と話題になったことも記憶に新しいですね。
ポルカドットスティングレイのMVはいつも話題!
眼科からバスルーム、そしてプールへ……?
ポルカドットスティングレイが送り出すMVはいつもとても面白いことでも知られています。
「人魚」のMVも、とてもユニーク。
眼科のようなところで、視力検査をしているようなメンバーの姿から始まります。
視力検査表には、あいうえおのひらがな50音やランドルト環ではなく、漢字やカタカナ、アルファベットが。
一個ずつまるで検査するように光り、バンド名を示します。
バンド名一つとってもありきたりに紹介しない、ポルカドットスティングレイのこだわりが見えるようですね。
曲の途中でも、歌詞の一部をこの”ポルカドットスティングレイ専用視力表”で表示。
曲が2番にまで進むと、なぜか舞台はシャワールームに。
ギターヴォーカルの雫は、水の入ったバスタブに浸かりながら歌っています。
いつの間にがシャワーが降り注ぎ、雫はバスタブの中で傘を差し、他のメンバーはバスタブの外でびしょぬれになりながら楽器を演奏しています。
間奏になると、なんと全員がプールに……!
雫はもちろん、楽器隊もなんと楽器ごとプールに入ってしまっています。
ドラムに至っては、スネアを仰向けに抱えて浮いています。
そしてプールサイドで演奏しているうちに、また舞台はいつの間にか眼科へ。
目まぐるしく変わるシーンと、なんともシュールな映像に釘付けになってしまう、不思議な魅力を持ったMVです。
MVをチェック!
「人魚」の歌詞を解釈
ここからは、「人魚」の歌詞の世界を見ていきましょう。
灰になった花
ああ灰になってしまった
貰った花は既に枯れていた
愛を簡単に言う
最低の
最低のひと
灰になってしまった
貰った花は既に枯れていた
愛を簡単に言う
最低の
最低の
あなたは
「 生きることは傷つくこと」
破れたこの気持ちは、
どこにいくの
出典: 人魚/作詞:雫 作曲:雫
まだ咲き誇ってる花のように見せかけて、本当はすでに枯れてしまっている花を贈るように。
愛はそんな見せかけだけの簡単なものだと思っている”あなた”は、本当に最低だと”私”は繰り返し思います。
彼の愛は、見かけはそれはそれはとても立派なものかもしれないけれど、中身は空っぽ。
手が触れたら、灰になって崩れ落ちてしまう花のように。
簡単に愛を語る”あなた”は、自分が人を傷つけていることも知らないで、したり顔で人生訓を述べたりします。
”生きることは傷つくこと”なんて、傷つけた本人から言われたくはありません。
まるで他人事。自分の非は、微塵も感じていないのです。
”あなた”が、人を傷つけたことを自覚して、自分も辛く思うような人間であれば、”私”もまだ救われたでしょう。
でもこれでは、”私”の破れてしまった心は行き場がありません。
まるで人魚姫のように
明け方、 私は人魚みたいに
泡になっては消えてゆくのでしょう
こんな拍手を浴びたって
腹の足しにもならないし
愛してなどと言ってはいなくて
この退屈を殺してほしい
欲しいのはあなた
占めて溢れる
まだ、 恋の仕方も知らない
恋の仕方も知らない
出典: 人魚/作詞:雫 作曲:雫
王子の愛を得られずに、海の泡となって消えてしまうアンデルセンの童話の人魚姫のように、自分も頼りなく消えてしまうだろう、そう”私”は嘆きます。
いや、嘆いているのでしょうか、それとも怒りを感じているのでしょうか。
”あなた”以外の人にどれだけ褒めそやされても、ちやほやされたって何の意味もありません。
でも”私”も、この気持ちが愛なのか恋なのか、もしかしたら全く別のものなのか、わからなくなってきます。
愛してる、という言葉が欲しいわけではないし、愛して欲しいというわけでもない。
ただ、独占したい。”私”だけの”あなた”でいて欲しい。
”あなた”のいない退屈は耐えられない。
この気持ちをなんといっていいのか、そしてどう伝えていいのか、”私”は全くわからない、知らないのです。
ああ灰になってしまった
貰った花はすでに枯れていた
愛を簡単に言う
最低の
最低のひと
朧(おぼろ)になってしまって
昨日のことも覚えていないの
涅槃(ねはん)に発(た)ってしまった
この意識と
星降る夜
止め処(ど)ない
「 生きることは、 嘘をつくこと」
なぜならこの気持ちは
ここにはない
出典: 人魚/作詞:雫 作曲:雫
破れてしまったっころを抱え込んだ”私”は、心があやふやになってしまっています。
強がってみたところで、”あなた”の仕打ちが”私”の心に及ぼしたものはかなり大きかったようです。
”私”の”あなた”への想いは悟りの境地である涅槃にまで行ってしまって、もう到底手の届かないものになってしまいました。
まるで星空のように、遠く、遠くへ。
抜け殻のような”私”。
誰かが言った”生きることは嘘をつくこと”を実感します。
何故なら、確かに体は生きて、呼吸をして、立っているのに。
心は全くここにはないからです。
今”私”が口にする言葉も、考えも、”私”の心から発されたものではない。
まるで、別の人がいるよう。
そうやって、心のままに生きていけない瞬間が人生では何度もやってくることを感じています。