「かりゆし58」というアーティスト

【会いたくて/かりゆし58】PVで全力で走る女性は?!直球だけど意外に深い歌詞の意味!コード譜あり♪の画像

2005年に結成された沖縄出身の4人組ロックバンドかりゆし58

沖縄で使われる音階「琉球音階」にロックやレゲエ音楽がミックスされた、どこか懐かしいような独特なメロディ。

ひたすらに素直で真っ直ぐな歌詞

まるで沖縄の澄みわたる青い空と海のような、清々しいサウンド

聴く人の気分を前向きにしてくれるパワーが、かりゆし58にはあります。

かりゆし58の音楽は、明るいナンバーが多い印象。でも、その歌詞をよくよく聞いてみると、心にジーンと響くようなものも多いんです。

今回は、数多くあるナンバーの中から「会いたくて」という曲をご紹介していきます♪

ぜひ、最後までご覧いただけたら嬉しいです( ^^ )

歌詞の内容とは?

「会いたくて」は一見、好きな人を想い続ける素敵なラブソングですよね。

しかしよく聴いてみると、「恋」と「夢」を追いかけながら様々なジレンマに悩む切ないナンバーなんだと感じるようになりました。

1番と2番の歌詞の対比を見てみると、心境や環境の変化が鮮やかに描かれており、情景がくっきりと浮かびます。

今回は、その対比に注目しながら、筆者なりに歌詞を紐解いていきたいと思います。

「夢を追う自分」と「夢を叶えた自分」と「夢を降りた自分」

やたらと夢を語っては 立ち向かうふりして逃げてた
あの頃の僕の姿は君にどう見えたかい?

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

こちらは1番のAメロです。

彼女に対し、ああなりたい、こうなりたいとたくさんの夢を語る。

語っている最中は、大きな夢に向かって一生懸命なつもりでいたけれど……。

実際は、あれこれと理由を付けて、結局やらずに逃げていたことの方が多かった。

やらない理由を社会のせいにしたり、できない理由を環境や人のせいにしたり。

夢を追うかっこいい自分”でいたつもりだったけど、傍にいた君には、一体どんなふうに見えていたのでしょうか。

夢の続きを 僕は今日も歌う まばゆいほどの光を浴びて
艶やかなステージの上に立つ 僕はどう見えるの?

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

こちらは2番のBメロです。

1番では客のいないライブハウスで歌っていた”僕”。2番になると、ステージに立って光――つまりスポットライトを浴びています。

”僕”はおそらく夢を叶えたのでしょう。

かつての自分とは違う、周りのせいにして逃げてばかりいたあの頃の僕とはもう違う。

夢を叶えて立派になった自分”は、君にはどんなふうに見えるのでしょうか。

いつの日かいつの日か ギターもマイクも持たない僕は
君の隣に立って きっとこう言うだろう

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

こちらはCメロの一節です。

ステージに立つことを夢見た僕は、夢を叶えてスポットライトを浴びるまでになって、最後はマイクもギターも手放し夢の舞台から降りる。そして行き着く先は”君の隣”。

”いつの日か”という言葉を選んでいるので、おそらく今は夢を叶えてステージに立っている最中ですね。

今はまだこの夢を手放せないけれど、”いつの日か”すべてをやり切ったら。満足したら……。

最後は、今まで唄に綴るしかできなかった思いを、直接”君”に伝えたいと思っているのではないでしょうか。

想いを伝えられるのは、今も昔も「唄」だけ。

会いたくて会いたくて 思いを唄に綴れば
愛しくて恋しくて 溢れる雫は遠いあの日の海の色

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

会いたくて会いたくて 思いを唄に綴れば
愛しくて恋しくて 蘇るのは遠いあの町の灯火

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

1番、2番のサビです。

「会いたい」「愛しい」「恋しい」。”君”に対する思いは、夢を叶える前も叶えた今も、ずっと唄に綴ることでしか伝える術がありません。

午前2時のスクランブル 眠らない街の喧騒
知らないうちに僕たちは こんなにも離れ離れ

出典: 会いたくて/作詞:前川真悟 作曲:前川真悟

2番のAメロで歌われているこの部分「スクランブル」というキーワードから、1番では地元にいた”僕”が上京してきていることを想像させますね。

時間も距離も”僕”を取り巻く環境も、1番とは随分変化しているはずなのに、サビの内容は1番も2番も変わりませんよね。

近くにいたときからずっと、”君”への思いは唄でしか伝えられません。それは、”僕”が”君”に直接思いを伝えることを必死でこらえているということではないでしょうか。

前の見出しで触れたように、”僕”は”君”からどう見えているのかずっとわからないままです。

その理由は、”僕”には、”君”の気持ちを知る術がないから。

それはどういうことかというと……。