大人っぽいAORサウンドでOfficial髭男dismの音楽的嗜好の中心はこの辺りにあると思わせる楽曲です。
Official髭男dismはリズム隊がしっかりしていますので、こうしたサウンドはお手のものなのでしょう。
コシがあるサウンドは若いリスナー以外にも広く受け入れられるはずです。
自由に手軽に様々な音楽に触れられる時代がやってきました。
Official髭男dismの快進撃は主に配信サイトで全曲聴けるという条件を追い風とします。
都会的なセンスというものはいまや地域性を問わなくなったのかもしれません。
日本の地方都市でここまで洒落た音楽を奏でられるのですから素晴らしい時代です。
歌詞の方は「コーヒーとシロップ」とは違ったベクトルからアプローチします。
自分というものはいつだって変わることができるというテーマを歌い上げました。
「Happy Birthday To You」というタイトルで歌詞の中に君を探そうとすると裏切られます。
では実際の歌詞をご紹介しましょう。
いつだって自分は変えられるから
朝になれば 朝になれば
誰も気付かなくても 人知れず生まれ変わるよ
息を吸えば 斜に構えた
昨日までの僕には ずっとバイバイバイ
こんな素晴らしい日に
僕が変わろうとした日に
誰の耳にも届けず歌うよ
Happy birthday to you
出典: Happy Birthday To You/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
「コーヒーとシロップ」では朝というものを憂鬱なものとして提出した藤原聡。
しかしこの曲「Happy Birthday To You」では朝というものに違った彩りを添えます。
誰もが生まれ変われる稀少な瞬間として朝というものを提示するのです。
人は暗い思いを抱えがちなひとりの夜を重ねてしまうことがあります。
ただ陽射しが注いで周囲が明るくなると悩みというものが霧散することだってあるのです。
新しい朝は希望の象徴として昔からよく歌のモチーフにされてきました。
藤原聡もこの伝統に則って生まれ変わる自分というものを表現します。
この歌詞では語り手の僕しか登場しません。
ここでのバースデイ・ソングは誰に贈るものでもないのです。
ラブソングのようなタイトルなのに終始、自分のことしか描きません。
この辺りの詩才というものはやはり目をみはるものがあるでしょう。
生まれ変わった自分のために歌う「Happy Birthday To You」。
自分を変えようと思う人の背中を押してくれる楽曲です。
アルバム・タイトルの「MAN IN THE MIRROR」と親しい関係があるでしょう。
このミニ・アルバムの中でもとりわけ意味の大きな曲かもしれません。
4.「恋の去り際」
J-POPシーン自体の底上げに貢献
とにかくサビの歌メロに何ともいえない安らぎを感じます。
こういうメロディはいいねという思いを感じるのです。
タイトルとおりに失恋ソングのひとつでしょう。
切なさというものはそこはかとなく漂っていますが、Official髭男dismの曲は重くはなりません。
悲しみや切なさのすべてをポップ・ソングの範疇に収めるこの能力こそが新しいものとして受け入れられます。
前半は比較的に短くまとまった楽曲が多かったです。
しかしこの曲以降はポップ・ソングとしてはやや長い楽曲が続きます。
ミニ・アルバムの後半に突入したのです。
サウンドへのこだわりや練り具合というものが素晴らしいでしょう。
インディーズ・ベースでこのクオリティに達するのは破格の演奏力と才能によるものです。
J-POPシーン自体の底上げというものをインディーズ・ベースで成し遂げました。
もちろんこの傾向はメジャー・デビュー以後にさらに鮮明になります。
酷い失恋は幸せによって上書き
あんなに好きだと言い合って
頬をくっつけ笑って撮った写真にも
こっそり映り込んでいた 悲しい恋の去り際
君から貰った幸せをいつかは 全部消して忘れて
それ以上の幸せをきっと見つけるから
出典: 恋の去り際/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
クライマックスの歌詞です。
登場人物は語り手と愛していた君になります。
語り手の1人称は明示されません。
語り手はとにかく君から酷い仕打ちを受けました。
二股交際のようなことをされた挙げ句に捨てられてしまいます。
そんな君ですから未練を抱く必要はないと思うのですが、失恋の痛手は大きいのでしょう。
語り手はこの状況から逃れるために何をすべきかは分かっています。
新しい恋によって旧い恋の痛みを幸せに上書きすることです。
実際にどんな失恋であっても乗り越え方というものはこの方法しかありません。
「恋の去り際」というのはあくまでも君の姿です。
語り手は一方的にバカにされたようなもので、この出来事自体にどれだけ関われたのかも不明でしょう。
もっといい相手はいっぱいいますから前へと進んでいって欲しいものです。
新しい恋での上書きという答えを知っている語り手にはきちんと正しい未来がきます。
ただし次の女性についてはよく見極めないといけないかもしれません。
気付かないままに二股交際をされて一方的に破棄された恋愛。
こうした辛い事例を歌にしてもOfficial髭男dismの楽曲には恨みというものが滲みません。
おそらく藤原聡という人は誰も傷付けたくない人なのでしょう。
そうした性格で損をしたのが「恋の去り際」です。
一方で相手を恨みの対象にしないという新しいスタンスが広くリスナーの心を掴みました。
5.「ゼロのままでいられたら」
すべてが王道のラブバラード
藤原聡の透きとおるような美声が聴きどころです。
ピアノの音色も切ないラブソングといえます。
ただ歌詞の裏側には社会人としての辛さというものが滲んでいるのです。
Official髭男dismのサウンドは過剰な重さというものがありません。
しかしこの曲に感じるウェットな印象に切なさというものがきちんと表現されているのです。
サウンドも歌詞も王道のラブバラードかもしれません。
一方でストリングスの音色などを聴くとやはり彼らのサウンドのクオリティの高さは破格だと思わされます。
こうしたサウンドをインディーズ・ベースでできたのですからOfficial髭男dismの存在は不思議でしょう。
東京に進出する前にこうしたサウンドを確立していたことに驚かずにはいられないのです。
辛い平日をどう乗り越えるのか
繋いだ手を離せば また会う日まで1人で
「声聞くだけで良い」なんて 強い人を演じて
本当はずっと数えてる また会えるまでの日々を
ため息とただの呼吸の区別ももうつかないよ
「じゃあね」と手を振って橋の向こうのバス停へ
消えてく背中が恋しくて「あと5日」
風が指の間くすぐって消えてった
それは寂しさを煽るようで
出典: ゼロのままでいられたら/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
歌い出しの歌詞から抜粋しました。
社会人同士の恋愛風景を描いています。
繰り返しになりますがOfficial髭男dismは学生層から多大な支持があるバンドです。
しかし歌われている内容は社会人の愛であることが多いのですから不思議でしょう。
もちろんフィクション・ベースかもしれません。
それでも藤原聡のサラリーマン生活というものがきちんと歌詞に反映されています。
多くの音楽家は夢追い型のフリーターという道を選択しがちでしょう。
そうした夢追い型のフリーターでは書けないような歌詞というものを提出してくれます。
社会人同士の恋愛をここまでリアルに書けるのですからOfficial髭男dismは無敵です。
さらにこの詩作の異例な点は語り手も愛する相手も呼称がない点でしょう。
僕ともいわず君とも呼ぶことなくラブソングを成立させました。
それでいて語り手の平日の暮らしの寂しさや、相手を強く思う気持ちが描かれるのです。
さらに饒舌な歌詞で情報量が極めて多い歌詞になっています。
僕または君と呼ばずにこの内容を伝えきるのですから藤原聡の破格の才能がうかがえるでしょう。
パートナーと会えるのは週末だけという社会人の恋愛。
それは月曜日から金曜日まで教室でずっと一緒であった学生時代のものとは違います。
お互いが貴重な休暇をふたりのために過ごすのです。
会えない日は切なさが募ります。
また仕事のストレスに曝されていますから、どうしても心寂しくなるのです。
こうした恋愛を書いてくれるアーティストは意外と少なかったと藤原聡の登場で気付かされました。
さらにいえば世間一般の多くの恋愛はこの歌のような姿をしています。
Official髭男dismの歌には固有のリアルさがあるのです。