今、ゆっくりと死の淵に向かう1人の少女。
排水溝がごぼごぼと音を立てて水を吸い込んでいきます。
流れる水の中にくるくると揺蕩う、真っ黒な少女の髪が一房。
彼女が自らの命を絶つ場として選んだのは、浴槽の中ということでしょうか。
少しずつ、けれど確実に、彼女の指先からは温もりが消えてゆきます。
水の中はとても静かで、死に向かおうというのに不思議と心が落ち着くのです。
たくさんの重たいものが、少しずつ溶けてなくなっていくように。
自分の心が少しずつ楽になっていくような、そんな気がきっとしているのでしょう。
最期に残した『ごめんね』
明日になれ 天気になれ
そしたら 笑い合える
一緒に 歌おうね
冷たい床 眠れないわ
揺らめく 水底
一人じゃ 寂しい
出典: 花束と水葬/作詞:ハチ 作曲:ハチ
今まさに自らの命を絶とうとしている彼女。
そんな彼女にも、きっと笑い合える仲間や友人がいたはずです。
薄れゆく意識の中で、初めて彼らのことをふと思い出してしまいました。
私が死んだら、みんなどんな顔をするのかな、と。
どうして言ってくれなかったのって、怒るのかな。
なんで死んじゃったのって、泣くのかな。
死の間際で、ぼんやりとそんなことを考えました。
ようやくの思いで口に出した『ごめんね』の一言。
それは誰に聞かれる事もなく、言葉にならない泡となって自分の口から放たれてゆきます。
冷たい水、固い浴槽の床、少しずつ動かなくなっていく自分の頭と身体。
ああやっぱり、ひとりで逝くのはさみしいなあ。
彼女が最期に抱いたのは、そんな一抹の寂しさだったのかもしれません。
『死にたい』と、一緒に生きていく
ねえ神様 私の事
殺して お願い
明日になる前に
この上のない 愛で私の
形も歪む色も
葬り消してよ
出典: 花束と水葬/作詞:ハチ 作曲:ハチ
『死にたい』という思いを一度は抱えたことがある。
この記事を読んで下さっている方の中には、そんな方もきっと多いことでしょう。
その中には、『死にたい』ではなく『消えたい』という思いを抱えたことのある方もいるはずです。
私が死んでも、私が生きて存在していたという事実は変わらない。
だから残された人は悲しみ、後悔するのでしょう。
そうではなく、私という存在を初めからなかったことにしたい。
私の死を悲しむ人が誰もいない、私を知る人が誰もいない。
そんな世界が欲しかった。
より思い詰めた人々の中には、『死にたい』以上に哀しい『消えたい』という思いを抱える人もいるのです。
けれど、『消えたい』という願いが叶うことは絶対にありません。
それならばいっそ自らの命だけでも、と死を選んでしまった人も世の中には多いのです。
そんな思いを持つ人々のことを、決して否定したりはしません。
ですがこの曲は、そんな気持ちを肯定もしていません。
『死にたい』『消えたい』という思いに、肯定も否定もせずただそっと寄り添う。
『死にたい』という思いが、『消えたい』という気持ちが、いつか少しでも和らいでいくように。
きっとそんな思いを込めて、ハチはこの曲を書いたのでしょう。
『死にたい』という思いと、『消えたい』という気持ちと、共に生きていく。
そういう選択肢もきっとあるはずです。
もしかしたらこの曲を書いた当時のハチ自身が、そうやって生きていた人間の1人だったのかもしれません。
最後に
いかがでしたでしょうか?
本日はハチの初期の名曲、【花束と水葬】の歌詞を解説致しました。
『死にたい』という気持ちに、そっと寄り添うような。
そして今まさにどこかで、自らの命を絶った人を悼むような。
そんな鎮魂歌とも呼べるような楽曲なのではないでしょうか。
いつかもし、『死にたい』『消えたい』という気持ちをあなたが抱えてしまった時。
その時はどうか、この曲を思い出して頂ければと思います。
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本サイトOTOKAKEにはまだまだたくさんの楽曲解説記事が掲載されています。
最後に、本記事と併せてその中でもオススメの記事を少しだけご紹介致しましょう。
今回ご紹介するのは、本作と同じくVOCALOIDプロデューサーハチの初期の名曲を解説した記事です。
ハチ【WORLD'S END UMBRELLA】
まず最初にご紹介するのは【WORLD'S END UMBRELLA】。
本記事でご紹介した楽曲と同じく、アルバム『花束と水葬』に収録の1曲です。
彼の初期の曲の中でも、特に壮大な世界観とサウンドで描かれたこの楽曲。
昔から根強いファンの多い1曲となっています。
【WORLD'S END UMBRELLA/ハチ】◯◯のリテイク曲?!気になる歌詞の意味を紹介♪ - 音楽メディアOTOKAKE(オトカケ)
今回はハチの初期の人気曲「WORLD'S END UMBRELLA」に密着。ハチの世界観を堪能できるこの曲の魅力に迫ります。