まるでスルメのように

そう考えると、この曲が長きにわたり、多くのファンを魅了していることはうなずける。

たった一度や二度聴いただけでは、その「切なさ」は感じられない。しかし何度も聴いていると、メロディにのって底の方から「息苦しさ」が響いてくる。

クッションをゆっくりと圧し潰し、白い壁をひっかくように、ゆっくりと確実に、日々心の底で感じている「やるせなさ」が染み入ってくる。

まるでスルメのように、噛むほどにその味わいは深まっていく

見えないこともない「空」を破る

君のその小さな目から大粒の涙が溢れてきたんだ
忘れることは出来ないな そんなことを思っていたんだ

東京の空の星は見えないと聞かされていたけれど
見えないこともないんだな そんなことを思っていたんだ

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B11310

繰り返されるこの歌詞には、そんな「僕」の折りたたまれた屈折を開くすべが示されている。それは「東京の空は見えないと聞かされていたけれど/見えないこともない」というフレーズに表れている。

「僕」は空を見ている。もし誰かに聞かされた空を見ようとしても、「空」は見えない。そしていま、感じていることを置き去りにしたまま、「空」を見ることはできない。

きっと市村は「空」を感じていた。そして歌いながら、見えないこともない「空」を破りたいと、もがいていたはずだ。

奥田民生の声が透す「空」

奥田民生が、市村が急逝した直後のライブでこの『茜色の夕日』を熱唱したエピソードは、あまりにも有名だ。奥田は「大粒の涙……」というところで泣き崩れそうになり、「東京の空……」のくだりで、ふたたび声を透してみせる。

茜色の夕日 (L:志村 R:奥田民生)

そんな奥田の歌は、この『茜色の夕日』に潜む息苦しさには巻き込まれずに、その空を突き抜け、切なさを表現しきっている。奥田を敬愛していたという市村は、奥田の歌声に空の向こうをみていたのではないだろうか。

もしあなたが、苦しいと感じる何かを抱いているのであれば、この曲を聴いてみよう。いまのあなたなら、少しずつ増していく息苦しさとともに、それを抜ける「茜色の空」の向こうもまた、感じ取ることができるかもしれない。

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