「傷」は残せたのか?

さて。肝心なのは、主人公が君に、「傷」を残せたかどうか、でしょう。

結論からいえば、これは「NO」です。

何故か。まず先ほど引用した歌詞の最後にご注目ください。

過去形で綴られていますね。

これはつまり、「そうしたかった、けれどそれが叶わなかった」ことを表しているのではないでしょうか。

またその前に引用した歌詞からも、記憶に固執して立ち止まっているのが主人公だけ、ということがわかります。

これらのことから、君はすでに立ち直り、主人公の記憶を別の楽しい記憶で塗り替えていると想像できるのです。

相手の記憶に「傷」さえ残せなかった。この結論がわかると、主人公の苦しみがより深く感じられますね。

捨てきれない想い

無理だとわかっていながら…

淡い期待 あとどれくらい
苦い誓い 消えないまま
君に触れたい 誰も知らない
少しの後悔 抱きしめたまま

出典: Rowan/作詞:小笹大輔 作曲:小笹大輔

主人公はまだ心のどこかで、関係を戻せるのではないかと考えているようです。

それが無謀だということは、心のどこかでは理解しているのでしょう。

それでも捨てきれない。あとどのくらい我慢したら、また一緒に笑えるのだろう。

そうやって、無茶だとわかりつつ君のことを必死に追いかけているのです。

でも、主人公と君がかわした「お別れ」の事実は、消えることなどありません。

何故あのとき、簡単に別れを選択してしまったのだろう。

捨て去りたくてもそうできない。そんな大きな後悔を抱えたまま、主人公は日々を過ごしているのです。

いまならわかる

形あるものを欲しがって 大事なこと見失って
正しさなんか ただのひとつだって
要らなかったはずなのに
飽きるほどに求めあって 理由もなく悲しくなって
気づいた時にはもう帰れなかった

出典: Rowan/作詞:小笹大輔 作曲:小笹大輔

目に見えること。目に見えるもの。

正しいこと。正しいもの。

人はそんな風に、わかりやすいものに飛びつきがちです。

誰だって、わからないことや間違えていることは不安なのですから。

しかしそうやって手に入れる安心感とは裏腹に、本当に大切なことはその隙間から逃げていきます。

最後には何も残りません。ただ虚しさに支配されるだけ。

主人公も、大好きな君と付き合っていた頃に同じ過ちを犯したのでしょう。

目で見えるもの、目で見えること以外を受け入れなかった。

その結果は…お察しの通りです。

大切なものを失ってしまったことに気がついた主人公は、いまさらその悲しみに溺れています。

悲しい別れを描いた『Rowan』

Rowanに隠された意味

タイトルにつけられている「Rowan」は、小さくて白い花を咲かせるナナカマドという植物。

そんな可愛らしいナナカマドには、3つの花言葉がある事をご存知ですか?

まずは「慎重」、続けて「賢明」、最後に「私はあなたを見守る」です。

最後の1つ。まさにこの楽曲の主人公そのものだといえるのではないでしょうか。

かつての主人公

ただしこの物語の結末を踏まえて考えれば、「主人公がこれから目指す姿」と捉えることもできそうですね。

主人公はずっとこの先の人生、大好きな君を見守り続けるつもりでいました。

しかしそれが叶わなかったのは、主人公自身に原因があったから。

思い返してみれば、主人公はRowanと似ている部分など1つもありませんでした。

花言葉の残り2つを思い出してみましょう。

1つ目は「慎重」でしたね。主人公に慎重さはあまりなかったかもしれません。

自分の目で見たものしか信じない。相手の心の奥底に眠っている感情を覗こうとしませんでした。

もう少し「慎重」に彼女の感情をとらえて、見えない部分にまでしっかり寄り添っていたら…。

この悲しい結末が変わっていたかもしれません。

2つ目は「賢明」。こちらは賢く、物事の判断が適切であることを意味する単語です。

さて、果たして主人公は懸命だったのでしょうか…?

もしかすると社会においては、とても賢明で優秀だったのかもしれません。

目に見える物事をきちんと捉え、それが正しいか否か判断する。

仕事であればこれでいいかもしれません。結果を追い求めることは大切です。

しかし結果より人の感情が重視される恋愛においてはどうでしょうか。

仕事と同じような感覚で正誤判断をしても、それは賢明とはいえません。

むしろ相手は、自分の感情をないがしろにされた…と感じてしまうでしょう。

まさに主人公と君の関係性ですね。

人を愛するうえで必要な「賢明さ」を持っていれば…。

同じくこの悲しい結末が変わっていたかもしれないのです。

そして先程も解説した3つ目の花言葉「私はあなたを見守る」も、主人公を適切に表現できているわけではありません。

確かに主人公は大切な君を守りたいと思っていたことでしょう。

しかし慎重さも賢明さも足りなかった主人公には、それができませんでした。

だから君のことを1番近くで見守ることができなくなってしまった…。

悲しいけれど、当然の結末です。

そんな、1つも主人公の姿を正しくとらえられていない花の名前をタイトルにつけた本楽曲

先述した通り「主人公がこれから目指す姿」を意味するのでしょう。

君との関係で学んだことはきっと彼に大きな影響を与えました。

これからはもっと「慎重」に人の心に寄り添う。

これからはもっと人の感情について「賢明」な判断をする。

そうして成長した姿で「私はあなたを見守る」から。

うまくいかなかった君との関係の中で、こうして数多くのことを学んだ主人公はきっと大きく成長したでしょう。

尽きない愛の物語