今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
工事現場の ひるやすみ
たばこをふかして 目を閉じりゃ
聞こえてくるよ あの唄が
働く土方の あの唄が
貧しい土方の あの唄が
出典: ヨイトマケの唄/作詞:美輪明宏 作曲:美輪明宏
さらに、「ヨイトマケの唄」が心をつかんだ理由は、それだけではありませんでした。
1つは、貧困の家に育った主人公が、立派な大人に育ったということ。
それは、敗戦後の困難を克服し、目覚ましい経済発展を成し遂げた国民自身の姿と重なりました。
もう1つは「ヨイトマケ」「土方(どかた)」という、生々しい言葉を使った歌詞。
被差別者の視点に立ったこの歌は、現実の社会に根を張る残酷な差別をえぐり出したのです。
労働者のための歌を
シンガー・ソングライターの先駆け
美輪明宏がこの歌を作ったのは、ある炭鉱町の公民館で行われた自身の公演がきっかけでした。
公演には、なけなしの金でチケットを買った炭鉱労働者が大勢詰め掛けました。
「せっかく来てくれた彼らを、歌で励ましてあげたい」
そう思い立ったものの、彼はあることに気付きます。
それは、日本には底辺の労働者に寄り添う歌がないということ。
「それなら自分が作ろう」と考え、完成させた曲が「ヨイトマケの唄」でした。
レコードが発売される前年の1965(昭和40)年。
テレビ番組で2度にわたり歌ったところ、全国の労働者から大反響が寄せられます。
一介の歌手が、自らのイデオロギーを歌うのはタブーと考えられていた当時。
シンガー・ソングライターという言葉も、日本では馴染みがなかった時代です。
美輪明宏は、日本の音楽史における先駆者の1人でもありました。
圧倒的な表現力
シャンソン歌手としてデビュー
故郷の長崎市から上京し、進駐軍のキャンプを回ってジャズを歌っていた美輪明宏。
1952(昭和27)年、東京・銀座のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんパリ)」の専属歌手となります。
57年、フランスのシャンソン曲「メケ・メケ」を日本語でカバーして人気を獲得。
ユニセックスな美少年の容貌を、作家の三島由紀夫は「天上界の美」と讃えました。
その後、美輪明宏は同性愛者であることをカミングアウトします。
彼自身もまた、同性愛者に対する偏見や差別と闘ってきたのです。
郷愁を誘う日本独特のオルタナティブなメロディーが、曲の世界観に見事にマッチした「ヨイトマケの唄」。
シャンソン歌手らしい豊かな声量と、卓越した表現力。
この曲に、こうした音楽的な素晴らしさがあるのは事実です。
しかし、この作品を最も輝かせているものは、自らの信念を貫く美輪明宏の生きざまなのです。
歌い継がれる名曲
多彩なアーティストがカバー
大衆の胸を打った「ヨイトマケの唄」が、紛れもない名曲であることは間違いありません。
しかし、日本民間放送連盟、つまり民放各局はそろって、この曲を放送禁止歌にしてしまいます。
その理由は、歌詞に「ヨイトマケ」「土方」の差別用語が含まれているから。
放送禁止歌の制度は1983(昭和58)年に廃止されましたが、状況はさほど変わりませんでした。
83年以降、20世紀の間に「ヨイトマケの唄」が民放番組で歌われたのは、わずか1回。
実はこの曲がヒットした当時、NHKは紅白歌合戦での歌唱を打診しましたが、かなうことはありませんでした。
物語性に富むこの曲の長さは、およそ6分間。
当時の紅白歌合戦で、歌手1人に与えられる時間は3分間でした。
番組制作側が求める歌詞のカットに、美輪明宏は決して応じなかったのです。
そうして、半ば「伝説の曲」と化した「ヨイトマケの唄」。
しかし、バブル崩壊後の90年代以降、この曲の再評価に結び付く動きが顕在化します。
桑田佳祐、泉谷しげる、槇原敬之、米良美一といったシンガーに加え、パンクロック・バンドのガガガSPまで。
世代や音楽ジャンルを超えた、さまざまなアーティストがカバーを試みたのです。
美輪明宏が初めて出場した紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を歌ったのは、2012年の大みそかのこと。
発売から、実に半世紀近くもの歳月が流れていました。
「社会派歌謡」の本質
親子の愛情は尊いもの
どんなきれいな 唄よりも
どんなきれいな 声よりも
僕をはげまし 慰めた
母ちゃんの唄こそ 世界一
母ちゃんの唄こそ 世界一
出典: ヨイトマケの唄/作詞:美輪明宏 作曲:美輪明宏
「ヨイトマケの唄」は差別用語を用いた歌詞などから、新しさを持つ「社会派歌謡」とも呼ばれました。
純粋なシャンソンにも、既成の歌謡曲にも当てはまらない音楽性も、そう呼ばせた一因でしょう。
しかし、この曲は、自らの貧しい境遇をただ嘆くために作られたのではありません。
もちろん、社会の問題を糾弾するために作られたものでもありません。。
貧しくても富んでいても尊さに変わりはない、親子の愛情。
「母ちゃんの唄こそ世界一」と歌ったこの曲は、そんな当たり前のことに気付かせてくれるのです。