ボーカルyuiが紡ぐ【産声】

【産声/FLOWER FLOWER】自身の経験をもとにした実感のこもる歌詞に感動…!アルバム情報も♪の画像

歌の一節が観られるMVをチェック♪

キーボードmura☆junのミニピアノ演奏にボーカルyuiが今作の一節だけを歌ったもの。

とてもシンプルで自然体なこのワンシーンだけで、もぅ涙が止まらないっ…とツイートが続出した話題のビデオなんですが歌の続きがとっても気になりますよね~。

歌詞の全貌については記事後半にご紹介しますので、どうか最後までお付き合い下さいませ。

子を授かり育てるひとりの母として、現在のyuiがその思いをストレートに紡いだ「産声」

守るべきものができるということに対しての喜びと愛おしさ、そして一抹の寂しさが飾らない言葉で綴られています。

世の母たち、これから母になろうとする人たち、または母からの愛の深さを改めて感じられるようになった大人になった君へ…、

聴く人それぞれが“人生”をゆっくり見つめ直せるような、立ち止まって優しく心に受け止めておきたいナンバーです。

自身の経験を歌に乗せたyuiさんですが、“産声”を受け止めるまでの彼女は一体どんな道を歩んでこられたのでしょうか。

ボーカルyuiさんについて少しだけ触れたいと思います。

YUIからyuiへ

17歳でデビュー

【産声/FLOWER FLOWER】自身の経験をもとにした実感のこもる歌詞に感動…!アルバム情報も♪の画像

小さい頃から歌うことが大好きだった彼女。

ギター一本で音楽の道を渡り歩き2004年に受けたオーディションが転機となり「YUI」名義でデビューへと登りつめました。

2006年映画「タイヨウのうた」へ主演女優としてオファーを受けた時には乗り気ではなかったそうですが、書き下ろした主題歌「Good-bye days」が大ヒット。

役柄での名義を含め“YUI for 雨音薫”として楽曲をリリースしたことから、この曲への思い入れの深さと役柄への深い愛情が感じられます。

その後も精力的に音楽活動を行いつつも、体調を崩し2012年に活動休止を発表。

パニック障害を患っていることを自身でも公表されていました。

様々なストレスの蓄積があったのか原因はわかりませんが、まっすぐすぎる性格だからこそ受け止めきれないものが溢れ出てしまったのかもしれませんね…。

FLOWER FLOWERを結成

【産声/FLOWER FLOWER】自身の経験をもとにした実感のこもる歌詞に感動…!アルバム情報も♪の画像

2012年にシンガーソングライターYUIとしての活動を休止したものの、翌2013年にはなんとバンドを結成!

それがFLOWER FLOWER彼女自身が尊敬するアーティスト3人に声を掛け結成したのだそう。

この時から彼女自身も名義をYUIから「yui」に変えていますね。

YUIとして活動し始めた頃は、そのかわいいビジュアルからもどこかアイドルな売り出しかたや立ち位置が多かったという彼女。

活動休止を経て、自らの声をあげて手を伸ばし、やっと自分の思うように動き出せるようになったのかもしれませんね。

彼女の音楽を聴くと、「音楽ぐらい好きなようにやらせてよ」とつぶやく彼女の心の声が聞こえてきそうです。

結婚、そして出産

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2013年FLOWER FLOWERの活動を開始した彼女は、2015年に一般男性と結婚し妊娠中であることを報告

そして同年8月に無事に双子の男児を出産されました。

双子の育児はとても大変だとよく耳にしますが、彼女もまた様々な思いを乗り越えていると思うと、陰ながら応援したい気持ちでいっぱいになります。

育児に専念されていたのか公の場には出てこなかった彼女ですが、2016年9月7日に初のシングルとなる「宝物」をリリース

守るべき生命と向き合う彼女の様々な心情が窺える優しいナンバーです。

ぜひMVをご覧ください♪

宝物

そして、この「宝物」のリリース後2017年6月に約3年半ぶりのライブ活動を再開されました。

そして同年8月に離婚

大切なものを手にし、そして大切な何かを失う。

この数年は彼女にとって、抱えきれない程の様々な心の声があったのではないでしょうか。

喜び、幸せ、葛藤、哀しみ、そしてまた楽しみへと心の指針を向けようとする彼女の心情を想像すると、放たれる一曲一曲からにじみ出る思いが感じられます。

「もし私がいなくなっても、ちゃんと生きてゆくのよ」

心配と不安だけではなく、ひとりの人間としてしっかりと相手の背中を押してあげるようなそんな強さを感じるフレーズ。

子を持つ親なら誰もが考えてしまう深いテーマではないでしょうか。

母として、そして私自身として