「新しい季節へキミと」の未来
2008年10月1日発表、エレファントカシマシの通算37作目のシングル「新しい季節へキミと」。
この曲はレコード会社を移籍して新体制で制作に臨んでいた頃の代表曲です。
久しぶりにチャートを駆け上がったアルバム「昇れる太陽」でも目玉の楽曲になっています。
アルバム「明日に向かって走れ-月夜の歌-」以来のTOP3入りで話題になりました。
宮本浩次がこのとき見据えていたものはいまでもフレッシュな印象を残してくれるのです。
この曲はエレファントカシマシの30周年記念ベスト盤にも収録されています。
ファンはタイトルの「新しい季節へキミと」という言葉自体に胸が踊ったものです。
宮本浩次はここに至るまでの万感の想いを歌詞の中で吐露します。
様々なことがあったけれどもキミとともに新時代へ向かうよと力強く歌ってくれたのです。
前作のアルバム「STARTING OVER」からもひと足飛びで進化した華々しいサウンドで彩ります。
これからどんなミラクルを魅せてくれるのかと私たちは胸を焦がしました。
それだけセンセーショナルな楽曲といっていいです。
いくつものターニング・ポイントがあったエレファントカシマシ。
そんな彼らの歴史の中でも特別に巨大な一歩のように思えます。
懐かしく思うリスナーも多いでしょう。
一方でいまの若いリスナーにだって新鮮に響くだけの普遍性があります。
季節を改めるのはまだ遅くありません。
「新しい季節へキミと」を聴いて新時代の扉をまた開けてゆきましょう。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
日々に忙殺されて
恋人との会話もできないときに
感じる戸惑いためらいそして
昨日はキミと話せなかったからblue
忙しくって夜空の月も見てないぜ
光は感じてるのに
出典: 新しい季節へキミと/作詞:宮本浩次 作曲:宮本浩次 亀田誠治
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の俺と愛するキミです。
ふたりしか登場しないのですが、その背景に様々な景色を織り込んでします。
そのため二人劇的な密室感とは正反対な圧倒的広さを持った世界が広がるのです。
冒頭で俺は何ごとにも躊躇しながらまさにblueな心境になっています。
ただキミと一日会話が途切れただけで憂鬱さを告白するのです。
その分だけ俺がキミのことを深く愛していることが伝わってきます。
毎日は忙しなく私たちを通り越してゆくでしょう。
ひと息つくためにはパートナーとのコミュニケーションは欠かせないものになります。
そうした知識・常識は分かりきっているのにそれができないくらいに日々に忙殺されているのです。
歌詞の中の俺というのが宮本浩次自身の姿の投影だとしたらさらにその事情が分かります。
アーティストというものは労働者としての側面もあるのです。
しかし彼らは労働法の保護の外に置かれている現状はいかんともしがたいものがあります。
レコーディングなどの制作現場では徹夜の連続でしょう。
いまの時代こそ「働き方改革」というスローガンが喧伝されて一部状況は変わります。
しかしこの曲は2008年の歌ですから、その恩恵などは端から期待できません。
俺は神経を削りながら製作作業に打ち込むのですが、心は浮いてこないようです。
光に満ちてはいるけれど
憂鬱な日々のせいで夜空を見上げる暇もないと歌います。
特に月さえ見ていないというラインは否応なく「今宵の月のように」の歌詞を思い出させるでしょう。
いつの日かあの月のように輝きたいと願っていた自分が空も見上げられないと歌うのです。
しかし俺はこうした状況にあっても光に包まれている感覚があります。
この光というものが「新しい季節へキミと」では大切なモチーフになっているのです。
歌いたいことの要になる箇所には必ず光に関する叙述が登場します。
私生活は中々うまく行かないかもしれないけれども仕事自体は忙しいだけあって充実しているのかも。
ただ漫然とときの流れに身を任せていた暇なる男を描いていた初期のエレファントカシマシ。
しかし「今宵の月のように」の大ヒットを受けて一躍スターダムにのし上がりました。
以来、ワーカホリックのように働き尽くめの毎日なのかもしれません。
初期からのファンにとっては隔世の感があるでしょう。
何せ「今宵の月のように」の大ヒットの少し前まではレコード会社との契約さえなくなっていました。
そうした苦境に比べるといまは光に満ちているといえる宮本浩次なのです。
ただ、何ともいえないもどかしさは拭えません。
追い詰められていても
恋心が向かう先にいる人
ああ行き場のないときめき
心の中キミを尋ねあぐねていた
毎日まるで自分という謎解いていくゲーム
全てを愛せそうなのに
出典: 新しい季節へキミと/作詞:宮本浩次 作曲:宮本浩次 亀田誠治
俺の中には思いっきり恋に没入したいという気持ちさえあります。
忙しい日々の中でもキミの大切さは忘れようがないものなのです。
恋心だけが向かう先を見失っているようですが、俺の心はキミを求め続けています。
この恋がどうなるかという展望は開けてきません。
しかしどんな状況であろうと私たちは誰か特定の人に心を傾けながら生きます。
俺にとってはキミとの未来しか用がないのです。
ただ生活というものは仕事と分かちがたく結びついているものでしょう。
忙しい日々の中でどのようにキミとの生活を組織できるのかが見えなくなってしまいます。
一方でキミへの深い想いは俺の心の中でより貴重な輝きになってくるのです。
アンバランスな状態の中で出口を見つけ出そうと足掻く俺の姿が印象に残ります。
そこには執念のようなものさえ感じさせるのです。
おそらく生命力やバイタリティと呼ばれているものはギラギラしているのでしょう。
大きなスケールの愛を歌う
俺は生活をゲームのようだと喩えます。
ゲームには勝ち負けというものがあるでしょう。
もちろんこのゲームに負ける訳にはいきません。
しかもそのゲームで競っている対象は自分だというから逼迫している状況が伝わってきます。
自分というものには固有の翳りがあり見落としがちなデッドスポットが存在するのです。
そこに自分でも解けない謎が巣食ってしまいます。
俺はこの謎の解明に挑戦しようとするのです。
それも勝ち負けが決まるゲームのような感覚でこの謎に挑みます。
ここで勝つことさえできれば愛の方向に大きく進路が開けるだろうと歌うのです。
その愛というものはキミだけに向けられたものではありません。
宮本浩次の周囲にある何でも愛せる気がしてくると歌います。
エレファントカシマシはユニバーサル・ミュージックに移籍してから歌詞の傾向がさらに変わりました。
スケールの大きな愛というものを歌うようになったのです。
「新しい季節へキミと」はそうした傾向が色濃く顕れています。
もちろん俺とキミという基軸で物語を描いているでしょう。
しかしこのふたりの関係性を超え出るような普遍的で深い愛について歌い上げるようになりました。
こうした傾向はいまのエレファントカシマシの路線を決定付けた変化です。