トゥルリラー トゥルリラー 風に吹かれて
知らない町を 旅してみたい
トゥルリラー トゥルリラー ひとり静かに
愛をみつめて 20才のエチュード
出典: 野ばらのエチュード/作詞:松本隆 作曲:財津和夫
松田聖子さんは20才の1年間に4枚のシングルを発表しています。
「野ばらのエチュード」はその中で3枚目に当たるシングルです。
20才になり初のシングルが「渚のバルコニー」、それに続くのが「小麦色のマーメイド」。
その間の作詞は全て松本隆さんが担当しています。
この3曲の歌詞を比較すると興味深いことが分かります。
新しい楽曲に進むにつれ詞の中の主人公が成長しているのです。
「渚のバルコニー」も「小麦色のマーメイド」もタイトルが示す通り海辺を舞台に設定しています。
あなたと夜明けの海が見たいと歌われる「渚のバルコニー」。
渚のコテージを舞台にお泊りデートを楽しむ大人のお付き合いを歌っています。
しかし歌詞を見ると海に行くのに水着を忘れてしまう描写が...。
続く「小麦色のマーメイド」ではしっかりと水着着用で灼けた素肌を見せています。
少し大人になったのでしょうか?
しかし”嫌いよ”と言ったかと思えば”ウソ、大好き♪”と言う...完全にツンデレ女子です。
つまりこの2曲ではまだ無邪気な少女の一面を残していることが分かります。
「野ばらのエチュード」はどうでしょう?
ひとりで知らない町を旅したいと成熟した大人の姿を歌っているのです。
20才の”私”が見つめる少女とは?
あなたしか見えないの
青空の浮雲にも
もう私 ああ迷わない
風が野ばらふるわせても
まだ青い葡萄の実
くちびるを寄せる少女
愛されて ああおびえてた
昨日までの私みたい
出典: 野ばらのエチュード/作詞:松本隆 作曲:財津和夫
「四季」をイメージし10月にリリースされた「野ばらのエチュード」の舞台は秋。
前作では常夏の海を舞台にしていた楽曲が聖子さんと共に歳月を経ていることにお気づきでしょうか?
秋晴れの空に浮かぶ雲を見つめ黄昏る”私”。
もう迷わないと空に誓うのは人を愛することなのでしょう。
時代は30年以上前です。
現在の価値観とは多少異なるかもしれませんが20才の恋心は雲のように移ろいやすかったのでしょう。
大好きな人に”キライ、ウソ♪”と困らせていた頃の自分を懐かしんでいるのかもしれません。
そして気づきます。愛すること、愛されることを怖がっていたことに。
ここで松本隆さんの詞の興味深いところはブドウの実を擬人化した箇所です。
”私”はまだ早熟なブドウの実にかつての自分を見ます。
大人になった自分が過去の自身の姿を俯瞰することで心の成熟を表しているのです。
歌と共に成長する松田聖子の姿
かつての自身を俯瞰するような視点で描かれる歌詞
トゥルリラー トゥルリラー 流れる時に
違う私を 映したいのよ
トゥルリラー トゥルリラー つまずきながら
愛することを 覚えてゆくのね
よろこびも哀しみも
20才なりに知ったけれど
この私 ああ連れ去って
生きる人はあなただけ
出典: 野ばらのエチュード/作詞:松本隆 作曲:財津和夫
「野ばらのエチュード」はスローテンポの寂しげな曲調に仕上げられています。
舞台が秋ということもあり一聴すると失恋ソングのように感じる方も多いでしょう。
しかしあなただけと生きてゆきたいと歌われることからそうではないと思われます。
恋愛と一括りにしてしまうと混同してしまいますが”恋”と”愛”の定義は違うのです。
”恋”は好きな相手から気持ちを与えられることであり”愛”とは与えること。
風に吹かれながら20才になり少しずつ大人になっていく自分の姿を俯瞰しているのです。
時が流れたとき、現在の自分を俯瞰する未来の自分の存在があることにも気づきます。
後に松本隆さんが語ることですが当時のアイドルの寿命は短いものでした。
しかし歌とアイドルがリンクし成長していくことで無限の可能性が広がります。
松本さんは松田聖子さんという稀代の才能を媒介にその可能性を探っていたのではないでしょうか。
「野ばらのエチュード」以降の松田聖子
松本隆さんの実験的な歌詞を見事にキャンディボイスで歌い上げた松田聖子さん。
1983年2月に20才最後の作品となる「秘密の花園」をリリースします。
楽曲制作は「小麦色のマーメイド」と同じ松本隆さん・松任谷由実さんによるものです。
ホーンセクションを大胆に使用したメルヘンチックなアレンジは現代の楽曲に通じるものを感じます。
その後のアイドル黄金時代を牽引する存在に
”ムードを知らない”男の子をリードしてあげるような歌詞は前作からの成長を感じさせます。
また”誰も知らない秘密の花園”はバーネットの同名小説からのインスパイアでしょう。
メランコリックなアレンジも小説のストーリーにピッタリです。
松本隆さんの”歌と共に成長するアイドル”というビジョンは松田聖子さんの才能もあり見事に成功。
最後に
今回は松田聖子さんの1982年の作品「野ばらのエチュード」を紹介させていただきました。
この曲はその後の松田聖子さんのアイドルとしての存在を決定づける重要な楽曲です。
さらには現在のAKB48、乃木坂46といったアイドルグループの活動の礎として位置付けることも可能でしょう。
80年代のアイドルの楽曲に携わった松本隆さんの影響力も改めて思い知らされました。
くるりやキリンジといった現代のロックバンドにも大きな影響を与えた80年代の歌謡曲。
皆さんも様々な視点で歌謡曲の隠れた魅力を探ってみませんか?
最後までお読みいただきありがとうございます。