「binary」は何を描いたのか
2020年1月15日発表、嘘とカメレオンのシングル「モノノケ・イン・ザ・フィクション」。
嘘とカメレオンにとってメジャー・ファースト・シングルに当たります。
このシングルのカップリング曲「binary」の歌詞の謎に迫りましょう。
嘘とカメレオンらしいゴリゴリなサウンドにチャム(.△)の美声が乗っかります。
これが彼らの歌でありロックであると痛感できるでしょう。
一方で歌詞の方はチャム(.△)らしい謎めいた側面も多いです。
嘘とカメレオンの歌詞は決してやさしく書かれてはいません。
どのような内容なのか歌詞カードをにらみながらチャム(.△)の言葉を追いかけてゆくしかないです。
読書家で文学的素養の高いチャム(.△)が紡ぐ言葉には固有の難解さがあります。
それでもひとつひとつの言葉を検証しながら丁寧に解きほぐすと彼女の意図も見えてくるのです。
上質なミステリー小説を解いてゆく感覚で歌詞をご覧ください。
込められた思いは非常に深く重いものです。
何もかもが「binary」な世界で私たちはどのようなコミュニケーションが可能でしょうか。
チャム(.△)と嘘とカメレオンの答えを覗いてみましょう。
現代社会と言葉の使われ方
チャム(.△)の言葉は難しいけれど
いろはにほへと
まだ上手く使えないね
正論もどき
打算と誤算の○×ゲーム
退屈しのぎ 終わらん遊戯
分かり合えるか僕次第
出典: binary/作詞:チャム(.△) 作曲:渡辺壮亮
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の僕と気になる君です。
チャム(.△)独自の歌詞ですから初めて嘘とカメレオンに触れた方は難しくて驚くでしょう。
しかし慣れてくるとチャム(.△)が紡ぐ言葉じゃないと満足できなくなります。
何だろうと思う箇所はいっぱいありますからひとつひとつの言葉を丁寧に解きほぐしましょう。
まずチャム(.△)は言葉というものをまだうまくハンドルできないと嘆きます。
私たち人間にとって言葉でのコミュケーションは学習しながら身に付けるものです。
言葉を早く覚えられる子どももいれば、おしゃべりが大人になっても苦手な人だっています。
言葉に関する物事はどこまでも地域差や個人差があるものです。
チャム(.△)は言葉の達人ですが、それでもいろはから分からないと歌います。
もちろん彼女自身が謙遜した結果の表現です。
もしくは言葉で躓いているのですが、その嘆きの内容が深いものであります。
終わりない戯れの中から抜け出そう
チャム(.△)が描いた僕という人物が嘆いているのは言葉の正当な使い方に関する事柄です。
言葉は主にコミュニケーションのために用いられます。
しかし最近では正論などを並べ立てて相手を論破するためのツールとしても使用されるのです。
言葉によるマウント合戦はネット社会ではお馴染みのものでしょう。
しかしこうした議論で使われる言葉は虚しいものです。
議論のためにする議論。
ここで動員される言葉は非常に虚しいものです。
相互理解をするためにある言葉というツールで覇権を競い合うゲームをしてしまう人たち。
僕はこうした現況を眺めていてついて行けないという思いを胸にするのです。
言葉って何だか苦手だなと思わせてしまうこうした場面はよくあることでしょう。
しかし私たちはこうしたゲームに夢中になっていて置いてゆかれる人のことを想像できません。
あくまでも暇つぶしのゲームとして戯れているのですが、遊びの輪に参加できない人もいるのです。
チャム(.△)もこうした輪の外にいて論争みたいの競り合いは苦手だなと思っています。
チャム(.△)の軽さ
同調圧力の中での笑顔は
悟られぬように
躍起になって皆笑おう
出典: binary/作詞:チャム(.△) 作曲:渡辺壮亮
ネット上でのやり取り、例えばSNSのようなもので論争を繰り返す人がいます。
相手をやり込めるのに一心不乱な人が一定数いるようなのです。
チャム(.△)はこうしたノイジー・マイノリティに醒めた視線を従来から投げかけています。
しかし表立ってこうした人に不満を投げかけると今度は自分がやり込められてしまうのです。
炎上を避けるためには他人に合わせる必要が生じます。
無理して一緒に笑っているふりをするために文末に「笑」と添えてしまうのです。
チャム(.△)はこうした望まない笑い方をしているのは自分だけではないと信じています。
確かに一部のネット社会などでの同調圧力は凄まじいもがあるのです。
多くの人が炎上の対象になりたくないので無理に笑います。
笑うことに一生懸命になって苦労するというのは本末転倒でしょう。
チャム(.△)はこうした社会の趨勢に対してどうにかして物申したい思いをいつも抱えています。
過去の楽曲でもこうした傾向が見られるので意識して振り返ってみてください。
もちろん声高に社会問題を歌うタイプのアーティストともいいづらいです。
しかし彼女の問題意識の健全さというものは非常にしっかりしています。
君とは生まれ変わってから話したい
あれは0と1
君と会えたら
飽きるほど悪くはないかな
来世で、また今度
出典: binary/作詞:チャム(.△) 作曲:渡辺壮亮
いよいよ主題である「binary」、つまり二進法について言及します。
コンピューターのメカニズムの基礎になっているのがこの二進法です。
何でもかんでもゼロとイチの行進の中で展開される世界になります。
現実の世界はゼロとイチだけでは構成されていません。
ゼロもあればプラスに向かってもマイナスに向かっても無限の数があるのが世界の在り方でしょう。
数値だけでは割り切れない光のグラデーションのようなものだって世界の本質です。
しかしコンピューターに任せるとこの光のグラデーションだってゼロとイチで考え始めます。
バイナリ、二進法というものは世界を酷く簡略化してしまうのです。
憧れの君と出会う運命でさえも二進法で表現しかねません。
それでも人と人の直接のコミュニケーションまでは二進法には委ねたくないと僕は思います。
だからこそ生まれ変わって違う形で君と出会えることを希望するのです。
チャム(.△)は生まれたときにすでにコンピューターシステムが存在する環境で育ちました。
チャム(.△)は人生というものの意義さえ二進法にされてはやりきれないと思い始めるのです。
そのために歌詞の中の僕に自分の深い思いを代弁させます。
とはいえチャム(.△)の言葉はしなやかで軽いです。
じゃあ、君とはまた違う世界で会いましょうくらいの固有の軽さを魅せてくれます。