井上陽水(いのうえようすい)とは

1948年8月30日生まれ、福岡県出身です。1969年に「アンドレ・カンドレ」という一風変わった名前(本人も若気の至り、と言ってたらしい)でデビュー。のちに1972年に本名の井上陽水(あきみ)を(ようすい)という読み方に変えて芸名としています。

1973年シングル「夢の中へ」でスターダムへ

改名後の1972年に再デビューシングル「人生が二度あれば」、ファーストアルバム「断絶」、セカンドアルバム「陽水IIセンチメンタル」と続けざまにリリースしました。その人気を決定づけたのは1973年発売のシングル「夢の中へ」。オリコンEPチャート20位以内に入ったはじめての楽曲で、現在も陽水の代表作として知られています。

他の歌手に提供したヒット曲も多数

井上陽水はかつてTVに出ないタレントとして有名で、一般にはあまりその存在を知られていなかったのですが、他の歌手への作品提供を行うことで私たちの記憶に残ったヒット作を多数生み出しています。

例えば、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」、安全地帯に詞を提供した「恋の予感」「ワインレッドの心」、そして作詞 井上陽水作曲 奥田民生PUFFYデビュー曲「アジアの純真」などが有名ですね。

名曲「少年時代」はSONYのCMで有名に

誰でもが一度は耳にしたことがあるであろう「少年時代」は、1990年に公開された同名映画主題歌でした。後にSONYのハンディカムのCMに使用され、その評価を不動のものとしました。

2001年には「コーヒールンバ」を含むマキシシングル、そして昭和歌謡をテーマとしたカバーアルバム「United Cover」が大ヒット。井上陽水が歌うと、みんなが知っているあの曲も完全に陽水のオリジナルのように聴こえてしまうから不思議です。

自身の曲をジャズアレンジでセルフカバーした2002年発売の「Blue Selection」も一聴の価値あり。とにかくジャズでもボサノバでも昭和歌謡でも、井上陽水が歌うとなんでも独自のワールドが広がります。

同郷のタモリとも親交が深い

井上陽水は同じ福岡県出身のタモリとも親交が深いらしく、その関係かどうかは不明ですが、NHKの「ブラタモリ」のオープニング曲に「女神」が使用されています。二人とも常に黒メガネ・サングラスを着用していることもなんとなく意味深です。福岡県人は表情を隠したい、照れ屋さんが多いのでしょうか?

コンサートツアー ″Good Luck!″

そんな井上陽水のコンサートツアーが春バージョンに引き続き、10月3日大宮ソニックシティを皮切りに秋バージョンとして開催されています。

凄腕ぞろいのツアーメンバー

井上陽水のコンサートの魅力は、陽水自身もさることながら、そのサポートメンバーのぜいたくさにもあります

 

最近のツアーメンバーは、ギター佐野元春のバックバンド「THE HEARTLAND」の3代目ギタリストを務めた長田進(おさだすすむ)、菊地成孔と「ティポグラフィカ」という革新的なバンドで活動した今堀恒雄(いまほりつねお)、ベースにはセッションベーシスト、スタジオミュージシャンとして、aiko、今井美樹桑田佳祐とも共演した美久月千晴(みくづきちはる)、

 

ドラムはかつて渡辺香津美のツアーに、最近では福山雅治のツアーにも参加している山木秀夫(やまきひでお)、キーボードはKUWATA BANDのメンバーとしても活躍した小島良喜(こじまよしのぶ)、コーラスにシンガーソングライターfasun(ファスン)、Lyn(リン)という顔ぶれです。

独特なMCとあいさつで観客を魅了

陽水と言えば、日産のCMで発したあの言葉、「みなさんお元気ですか」が有名です。そのせいかどうかはわかりませんが、各地でのツアーの第一声も「(地名)の皆さん、こんにちは」「何かと大変な世の中になっておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか」といったMCで笑いをとっているようです。