「セントレイ」
35位
「セントレイ」は2008年11月12日にデジタル配信でリリースされたサカナクションにとって1枚目のシングル曲です。オリコンチャート週間35位を獲得しました。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4
「セントレイ」というタイトルには数字の「千」(セン)と「0」(レイ)といった意味が込められています。
曲調はエレクトロニックなサウンドとギターロックとの融合です。ギターの「熱」とエレクトロニックの「静」がぶつかる名曲。
サカナクションの疾走感がクセになる曲ですね。現在に続くサカナクションの基本的なスタンスがよく分かる曲ではないでしょうか。
エレクトロニックの中に「熱」を込める方法論はこの時点で完成していたのではないでしょうか。
「セントレイ」発表時には音楽評論家によって賛否両論の評価に分かれました。
それでは「セントレイ」の世界を見ていきましょう。
「セントレイ」の歌詞
深掘り
汚れた机を僕は夜に片付けた 何かが変わるかな
背中を片手で掻いて軽く溜め息した そろそろ行こうかな
午前0時の狭間で
夜間飛行疲れの僕は宇宙
出典: セントレイ/作詞:山口一郎 作曲:山口一郎
自分を変えようとして、もがいている様子を歌っているのではないでしょうか。
午前0時、疲れ果てたので現実逃避のために宇宙にいる自分を想像している場面。
つらい時は、想像の世界へ逃げることがありますよね。
今煙の中を歩き続けて 淋しくなる夜を抜けて
千の最後までほら 手で数えたら 見えてきたんだ 繋がる世界
出典: セントレイ/作詞:山口一郎 作曲:山口一郎
疾走感がクセになるサビです。
迷いの中で前進することをあきらめずにがんばっていたら、希望が見えてきたという歌詞でしょうね。
煙の中とは努力が成果に繋がらない苦しい時期。そんなにがんばっていても夜は淋しくなります。
「千の最後までほら手で数えたら」という表現は、努力を続けてきたことの比喩という事でしょう
努力を続けてきたからこそ、次に繋がる成果や希望が見えてきたという歌詞と考えます。
まだまだ知らないことがたくさんあるけどすぐに慣れるさ
まだまだ言えないこともたくさんあるけど夜には言えるさ
出典: セントレイ/作詞:山口一郎 作曲:山口一郎
知らないことに対しての慣れとはなんでしょうか。知らないことは好奇心が旺盛ならば調べようとしますが、好奇心がなくなっていくと調べるのをあきらめます。
大人になっていくと子供の時のような好奇心はだんだんと少なくなっていきます。このような状態を歌っているのではないでしょうか。
すなわち、大人になるにつれて好奇心がなくなっていく悲しさや切なさを綴っていると思います。
「夜には言えるさ」というのは、夜間になってひとりきりになれば、昼間に言えなかったこともつぶやいて言うことができるということでしょうね。
つまり、自分の意見を他人にハッキリと言うのは臆病で出来ないけど、ひとりっきりになれば言えるということ。
意気地なしの気持ちを歌っているのでは。
ひとりきりで言いたいことをいうことでストレスを解消しているとも考えられる歌詞です。
歴史の道すがら
大人になれたら僕は宇宙
出典: セントレイ/作詞:山口一郎 作曲:山口一郎
ここは抽象的で難しい歌詞です。
人生を生きていると色々なことが起きます。失敗も成功もします。そんな中で自分のしたことを自分で処理できる。
すなわち自分の人生に責任が持てるのが大人ですよね。そんな大人になれば「僕は宇宙」になれると歌います。
自分の人生をすべて責任を持つということが「宇宙」になるということではないでしょうね。
「大きくて広い宇宙」=「すべて自分の責任」という考えではないかと思います。
僕は行く 夜中を目で追い続けて 淋しくなる月を抜けて
千の最後までほら 手で数えたら 見えてきたんだ 見えてきたんだ
出典: セントレイ/作詞:山口一郎 作曲:山口一郎
夜中は淋しいことの例えです。淋しいとは孤独ということにも繋がります。しかし、そんな孤独で淋しい状態をどうにかくぐり抜けて来ました。
「千」を数えるという表現はその淋しさをくぐり抜けて来たことの例えという事でしょう。
努力を続けてきたということを描写している歌詞ではないかと思います。