そんな彼女はとある雨の日を境に、こんな妄想に取り憑かれてしまいました。

私が身籠ったのは悪魔の落とし子、見つかればこの子は悪魔に攫われる

以来彼女は、廊下を歩く人の足音や物陰にも、極度の怯えを見せるようになりました。

この子を悪魔の手から守らなければ。

胎内の小さな鼓動を感じながら、彼女の悪魔の妄想との闘いの日々が始まったのです。

生まれた命と悪魔の虚妄

尊い命はついにこの世のものへ

患者が独り 錠剤を飲んで
今日もお休み ララバイバイ
でも不安に呑まれて吐き出して
また空っぽになる

患者は何も受け付けなくて
空洞だけが満たされていて
悄然なその瞳だけが遠く覗いてる

出典: 病棟305号室/作詞:ハチ 作曲:ハチ

彼女の出産日は、日に日に近づいていきます。

悪魔の妄想に取り憑かれて以来、怯え続ける彼女

服薬するいつもの錠剤も吐き出してしまい、眠れない日々が続いているそうです。

食べ物に毒を盛られるかもしれないと、食事もろくに喉を通りません。

そんな中でもお腹の中の子どもは、驚異の生命力を発揮し順調に成長を続けています。

その状態に、ますますこの子は悪魔の子どもだという確信を彼女は深めていくのです。

それでも自らが望んだ命、この子を産みたいという思いは変わることがありません。

ベッドに座り虚ろな目をしたまま薄っすらと笑みを浮かべ、痩せこけた腕で自らの腹を愛しそうに撫でる彼女。

そんな彼女が大きなお腹を抱えている姿は、どこからどう見ても異様な光景でした。

ぎょろりとした彼女の瞳は、今日も架空の悪魔の姿を見逃すまいと必死です。

抽象画描いて 耽美主義の講想は
愈々 マンマルトル
喧騒湧いた 無菌室白く淡く

また陶器みたいに手を叩き
娼婦みたいに口開き
ケーキが乗ったフォークの先
突き立てる

出典: 病棟305号室/作詞:ハチ 作曲:ハチ

ついにそんな彼女に念願の日が訪れました。

待望の小さな命が、彼女の身体から生まれ落ちたのです。

この日ばかりは普段鬱屈としていた病棟も喜びの喧騒に満ち溢れました。

無菌室に運ばれた赤ん坊は奇跡的に健康そのもの、穏やかな表情でぐっすりと眠っています。

ガラス窓越しに、自らの生み出した尊い命を眺める彼女。

相変わらず痩せこけ、陶器のように青白い腕をしています。

赤ん坊を眺めながら喜びの感情を溢れさせる彼女ですが、その様子はやはりどこか不気味。

まるで躁状態のような興奮っぷりが、しばらく続いたんだそうです。

悪魔の手が我が子に忍び寄る

雨宿り花屋 店の主人がランバラ ランバラ ランバラ
居なくなる 居なくなる
「さぁ、何処に隠れた?」君の寝息がロゥジラ ロゥジラ ロゥジラ
気づかない 気づかない

出典: 病棟305号室/作曲:ハチ 作詞:ハチ

命の生誕から十数日後、彼女は自身の病室に生まれた我が子を迎えることとなりました。

喜びに溢れる彼女ですが、一方で相変わらず自身の悪魔の虚妄には取り憑かれたまま。

悪魔から我が子を守りたいという彼女の狂気に満ちた剣幕に、病棟が根負けしての対処だったそうです。

愛しの我が子を迎えたその日、彼女は病棟内で不穏な話を耳にしてしまいます。

毎日この病棟に訪れる花屋の主人が昨夜から失踪している、と。

実際この話は、主人が昨夜たまたま酒を飲みすぎ朝帰りになっただけ、というオチだったのです。

しかし、不安でいっぱいになった彼女の耳にそんな情報は入りません。

ついに悪魔が、私の子どもを連れ去る為の準備を始めてしまった。

花屋の主人を誘拐し、きっと子どもの居場所を聞き出したのかもしれない。

いやもしかしたら、花屋の主人こそが悪魔の仮の姿だったのでは?

毎日病棟に出入りしながら、子どもを攫うチャンスをうかがっていたのかも。

そんな彼女の虚妄は、ついに1つの確信へとたどり着いてしまうのです。

私の子どもを連れ去る為、きっと今夜病室に悪魔が訪れるだろう、と。

女性は悪魔の手から我が子を守れるか?

泣いて歌って感じたって
固まって洗って目を閉じて全部縛って投げ込んで
見て!ここに!

出典: 病棟305号室/作曲:ハチ 作詞:ハチ

誰もが寝静まった深夜、女性の瞳だけが闇夜にらんらんと輝いています。

今か今かと悪魔の訪れる時を待ちわびる彼女。

その時、廊下から誰かの足音が聞こえました。

足音はゆっくりと近づき、彼女の病室の前で止まったのです。

楽しいよ二人は腹を抱えてランバラ ランバラ ランバラ
転げてる 転げてる
気が付けば花は 黒く腐敗してロゥジラ ロゥジラ ロゥジラ
息は無く項垂れる

噛んで飛んだ世界で 声を束ねて笑おうね 笑おうね 笑おうね
夜明けまで 夜明けまで
コールが鳴る病棟に悪魔の声がランバラ ランバラ ランバラ
気付かれた

出典: 病棟305号室/作詞:ハチ 作曲:ハチ

夜明け前、遠くの病室から盛大な物音が聴こえたと共に鳴り響いたナースコール。

慌てて看護師たちが駆け付けるとそこには、凄惨な光景が広がっていました。

病室305号室に広がっていたのは、真っ赤な血の海

その中央に座り込む彼女の手の中には、変わり果てた姿をした赤ん坊であっただろう物体が。

赤黒いその物体は首を垂れ、もはや息をしているような状態ではありませんでした。

壊れたからくり人形のように、彼女はその光景の中で高らかに笑い続けていたそうです。

廊下の足音は、彼女の幻聴でした。

しかしその幻聴が聴こえた彼女は、咄嗟にこう思ったのだそうです。

悪魔にこの子を渡したくない、だからこの子を赤ん坊だとわからない姿にしてしまおう。

そうすれば、きっと悪魔の目を欺くことができるはず、と。

彼女に取り憑いた、愛しい我が子が悪魔の落とし子である、という妄想。

結果として、その妄想により尊い命は悪魔の元へと攫われてしまいました。

また皮肉なことに、錯乱した彼女の様相そのものがまるで悪魔のようであったと後に語られていたそうです。

最後に

ハチ【病棟305号室】歌詞の意味を解説!悪魔の声は何を求めているの?主人公の精神状態についても考察の画像