戦後最初の大ヒット曲

空前の流行

並木路子【リンゴの唄】歌詞の意味を解説!リンゴに何をささやく?赤く可愛い果物に投影したあの娘の姿とはの画像

日本の歌謡曲を語るとき、誰もが思いつく曲の一つが、この「リンゴの唄」ではないでしょうか。

「リンゴの唄」は、1946年1月に日本コロムビアレコードより発売された戦後初の大ヒット曲です。

作曲は、日本コロムビアレコードの専属作曲家であった万城目正(まんじょうめ ただし)。

作詞は、「うれしいひなまつり」などの詞で知られる、サトウハチローです。

歌うのは並木路子(このあとは並木さんと呼ばせていただきます)

当初は霧島昇とのデュエット曲でした。

映画「そよかぜ」の劇中歌として制作され、のちにレコード化。

空前の大ヒットとなりました。

誰もが歌える曲

並木路子【リンゴの唄】歌詞の意味を解説!リンゴに何をささやく?赤く可愛い果物に投影したあの娘の姿とはの画像

「空前の大ヒット」と聞いても、今の時代ではピンと来ない人が多いかもしれません。

最近は、多彩な楽曲が増える一方で、誰もが歌える曲というのも少なくなってしまいました。

「リンゴの唄」は、当時、老若男女、全国の誰もが歌うことができた曲です。

それまで、爆撃のとどろきが頭の中で反芻され、唄といえば軍歌ばかりだった時代。

空襲に焼かれた世界はモノクロームでした。

そんな中、空襲警報を聞くために各家にあったラジオから流れた「リンゴの唄」。

明るい曲調に乗せた並木さんの澄んだ歌声と、赤いリンゴの鮮烈なイメージは、人々を夢中にさせました。

ところで、この曲は歌詞に注目が集まりやすいですが、ヒットにはその音づくりも深く関係しています。

ワンコーラスが5行で、その5行のリズムが4回繰り返されるという非常にシンプルな構成

そのシンプルさが、誰でも覚えやすく、一度聞いたら忘れられない曲を生み出しました。

歌詞と曲があわさり、多くの人々に歌われ、ヒット曲として広がっていったのです。

それぞれの心に描く「リンゴ」

歌詞を紐解く前に、まずは、並木さんが歌う「リンゴの唄」を聴いてみましょう。

「リンゴの唄」の歌詞は、そのまま読むと不可解な部分が多くあります。

リンゴは何を指すのか、果実そのものなのか、特定の人なのか

聴き手によってさまざまな解釈ができるのです。

けれど、聴き手の想像力を引き立てる歌詞こそが、「リンゴの唄」の魅力でもありヒットの理由でもあります。

この曲に描かれているのはきっと、特定の主人公のストーリーではありません。

当時を生きている人々、誰にでも当てはまり、誰にも当てはまらない、そんな心情を描いた曲なのです。

このことを前提に、リンゴの唄の歌詞を解説していきます。

赤いリンゴと青い空

1番目の歌詞を見ていきます。

たった5行ですが、奥深い情景を映し出しています。

希望と虚しさの青い空

赤いリンゴに 口びるよせて
だまってみている 青い空
リンゴはなんにも いわないけれど
リンゴの気持は よくわかる
リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ

出典: リンゴの唄/作詞:サトウハチロー 作曲:万城目正

「赤」と「青」の対比が鮮烈で印象深い1番目です。

すべての歌詞を通じても、赤色以外の色がでてくるのは、この部分だけです。

曲のはじまりであり、「青い空」という言葉からは未来への希望を感じることができます。

けれども、この5行の中に「赤いリンゴ」というフレーズがなければ、どうでしょう。

例えば、「リンゴ」を「君」というフレーズに歌い変えてみましょう。

くちびるをよせ、静かに青い空を見つめている2人がいる。

君は言葉を発することはないけれど、君の気持ちはくちびるを通じて伝わってくる。

偏った想像かもしれませんが、亡骸を抱きながら晴れ渡る空を見つめる人の様子が思い浮かんできます。

私たちは、戦後に作られた映像や文献からしか戦争を知ることができませんが、戦争を思う時、その空は青いのです。

町を焼く空襲をする飛行船が飛んでくる青空。

原爆が落ちてきた青空。

死を実感しながら絶望の中で見上げた、青空。

戦争の中に身を投じた、愛しい家族を思う青空。

終戦間近、日本が最も喘いでいた苦しい夏の時期が、ありありと描き出されているように思えるのです。

赤が表す生命の躍動

改めて元の歌詞に戻してみましょう。

「赤いリンゴ」という歌詞が登場することで、曲全体に躍動感が広がります。

赤い果実は、モノクロームの世界に彩りを添え、命を吹き込む存在です。

この歌詞で歌っている「リンゴ」は、本物のリンゴかもしれません。

生きている誰かの比喩かもしれません。

あるいは、他の誰でもなく、自分自身の命を指すかもしれません。

いずれにせよ、生きているものの鼓動を感じながら青空を見上げる。

その時に初めて人々は「戦争は終わったんだ」と実感することができたのではないでしょうか。

あの娘