「愛したひとは貴方だけ」善くも平氣で濡れし此の色目よ
似合ふのは さう 興味本位な 金色の爪(ネイル)
そして燃ゆる頬令今宵は果実色に
無言(しじま)の意圖か熟れゆく鎖骨のお皿
注いで 銘酒の内の取つて置きなら
出典: おこのみで/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
嘘ととぼけた風味も恋愛の醍醐味です。
「貴方」だけと騙しながらその言葉にいつしか自分の目が滲んで濡れていました。
興味だけで塗ることをお願いした金色のネイルに自分でも頬が赤くなる。
思わず無言になってしまうほどの至福を味わうのです。
銘酒と呼ばれるお酒ならば鎖骨のお皿に注いで欲しいという中々理解しづらい歌詞になっています。
ドラマを紡いでゆくスタイルはデビュー当時と変わりません。
それでも「とっつきにくさ」のようなものをリスナーとの間に置いてみる。
「簡単に物語を消費されたくないの」
そんな椎名林檎の意地を垣間見ます。
デビュー当時の「歌舞伎町の女王」などが理解されやすかったドラマであったことへの反動のようなもの。
アーティストとしての反骨精神が花開きます。
恍惚が身体を突き抜ける
ネイルサロンを変えてみたのかな
処變はればお相手も變はつて往きます
虚構みたいに真赤のエナメル弐拾本揃ふ
此処でも 矢張り 同様に 御顔色を窺ひつ
さあだうぞ 唯恍惚と心中を 御顔色を窺ひつ
出典: おこのみで/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
ネイルサロンをそれこそ「おこのみで」変えてみたようです。
場所を違えば相手も変わってしまいます。
今回は嘘のように真っ赤なネイルが両手足分20本揃うのです。
好奇心で選んだ金色のネイルよりもオーソドックスな色加減。
今回は手指だけでなく足の指にも塗ってみます。
女性にとってネイルの色はテンションの湧き出ずる在り処です。
真っ赤なネイルに自分自身が惚れてしまいます。
恍惚に煩悶しながら目の前の相手の反応を確かめるのです。
今度も「貴方」のお好みに合うでしょうか?
中々、複雑な女心が透けてきます。
女性にとっては分かりやすい歌詞なのでしょうか。
この歌詞を巡る男女の性差を考えてしまいます。
金色のネイルよりも惹かれた色は
燃える血潮の色
「愛と謂う言葉が嫌ひです」善くも平氣で抜かす此の色目よ
似合ふのは さう 鋭利で気丈な真赤の爪(ネイル)
そして燃ゆる頬血液に似た色に
日向の意圖か熟れゆく羞恥心のお庭
注いで 銘酒の内の取つて置きなら
出典: おこのみで/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
愛という言葉への嫌悪を口にしますがこれはどうやら本心ではないようだと指弾します。
刹那な恋愛を重ねるとこうした愛を嘯く心境が現れるのは仕方のないこと。
金色のネイルよりも自身に似合ったのは燃える血潮にも似た真っ赤なネイルの方でした。
太陽の日差しが注ぐ時間帯に成熟してゆく羞恥心。
まだ陽が高いうちですが銘酒を注いでくれとせびります。
現代語訳するのも大変で歌詞の解釈となるとさらに分かりにくいです。
それもこれも椎名林檎が成熟したアーティストになる途上の様相。
いまでは旧仮名遣いでも割と理解されやすい物語を紡ぐようになります。
「過渡期」らしい徒に難しい歌詞なのがこの時期の椎名林檎の特徴。
要は曲のタイトルらしくネイルもお酒も刹那な恋愛も相手の「おこのみで」という内容です。
「おこのみで」によるお好み批判?
刹那な恋愛への疑問
だつて明日は如何生る身露知れず 果てはたつた一時先の未来
其れすら確かぢや無いもの 確かぢやないでせう
「愛するひとは貴方だけ」是がたつた一時の真事(まこと)で痛くもない
剥いではまた塗つて戴く爪(ネイル)
「愛と謂う言葉は不要です」いとも容易に濡れし此の色目を
新しく演出して さあ何方でも
…お好きな様に
出典: おこのみで/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
刹那に過ごしている身にとって明日がどうなるかなんて分からないものです。
少し先の未来もどうなるのか分からない生活を主人公の女性は続けます。
刹那なのは生活だけでなく愛情に関しても同様。
一途な想いを吐露したように見せかけて刹那な恋愛に生きるのです。
「貴方だけ」と嘯いてみる。
所詮はネイルの色を変えるだけの相手のお好み次第の恋愛感情。
主人公は幸せなのか心配になります。
気を張って「愛という言葉なんて要らない」とまで口走る。
刹那な言葉を口にする自身に酔うように色目が潤う。
女性にとって大切な演出であるネイルですがその日の相手の「おこのみで」如何様にもできること。
椎名林檎はこの時期出産を経ています。
実際にはドラマを書いてみたけれどもこの恋愛の在り方をどこか軽いと感じているはず。
むしろ「おこのみで」精神の批判の歌のようにも感じます。
女性が刹那な恋愛に生きるのは悪いことではないけれどお手頃感が軽すぎるよと歌っている。
全編を読んでそう感じ入ります。