色覚に訴える歌詞
さよなら さよなら さよなら
もうすぐ外は白い冬
愛したのはたしかに君だけ
そのままの君だけ
出典: さよなら/作詞:小田和正 作曲:小田和正
有名なサビです。
一度聴いたら忘れられない言葉たち。
小田和正のシャープな声質で矢継ぎ早に放たれる「さよなら」という言葉。
「さよなら」の発売は1979年の12月。
冬の日を意識していたであろう歌詞になっています。
「白い冬」という言い回しはニューミュージック界ではよく見られるものです。
ふきのとうのデビュー作が「白い冬」。
またアルフィーがオリコンで1位を獲得した「恋人達のペイヴメント」にも「白い冬」というワードがあります。
雪景色を指すのか冬の空の白く高い雲を指すのか吐く息の白さのことなのか。
「白い冬」という言葉は不思議なくらい多用される割にその意義は明確ではありません。
ただ色彩に訴える言葉なのでリスナーの中でその有り様がイメージしやすいのです。
この辺りが「売れることを意識した」歌詞作りであったのかもしれません。
この頃のオフコースはニューミュージック界の星ではありました。
ただ決定的なヒット曲に恵まれません。
オフコースの苦難
「さよなら」の大ヒットで報われる
オフコースは中々シビアな歴史を積んできたグループです。
ライブハウスで観客が3人くらいしかいなかった状況も体験しています。
その3人のうちの1人の観客がステージ途中で帰り支度を始めたのをステージから見た小田和正。
MCで「すいません。次のお客さんが来るまで帰らないでください」とお願いします。
帰ろうとした観客もこれには参って次にライブハウスに来るお客さんが来るのを待つのです。
実際、無事に次のお客さんが来てくれて観客は会場を後にできた。
そんなアーティスト・観客双方にとって地獄のようなシチュエーションがあったといいます。
音楽性も似ていて仲の良かったTULIPの大ホール公演の楽屋に遊びに行った小田和正。
TULIPのメンバーが楽屋からコーヒーの出前を頼むことに驚愕します。
「売れるってこういうことなのか」
そんな衝撃を受けたという掴みどころのないエピソードもあります。
「いつか売れたい」
過去が辛いからこそそんな想いが相当に強くなったのでしょう。
オフコースは初期の頃は外部の作家に作詞作曲を任せていました。
売れる前のアルフィーのように松本隆が作詞、筒美京平が作曲というゴールデン・コンビによる曲提供。
しかしいい曲なのに売れません。
後に他人任せにはせず自身の作詞作曲の作品が増えてきます。
どの作品も今聴いても素晴らしいです。
しかし歌謡界でヒット曲になることはありませんでした。
オフコースが本当に軌道に乗ってビッグスターになったのはこの「さよなら」の大ヒットからです。
新しい相手に嫉妬しそう
もう束縛できない関係
愛は哀しいね 僕のかわりに君が
今日は誰かの胸に 眠るかも知れない
出典: さよなら/作詞:小田和正 作曲:小田和正
失恋の悲しみを新しい愛で上書きする際に誰かの胸に埋もれて眠ることもあるでしょう。
小田和正はときどきこうしたドキリとするラインを書くので油断できません。
もう終わった恋の相手を束縛することはできないです。
それでも先日まで付き合っていた元恋人が他の誰かのものになるのは嫉妬の対象になります。
人間はその辺りの感情が本当にエゴイスティックです。
理性では制御できないジェラシーが渦巻いてきます。
ただ「さよなら」の歌詞はそのことを悲しいという言葉だけで片付けてくれるのでドロドロとはしないです。
そうしたさじ加減まで含めてうまく作り込んだ歌詞だと思わされます。
「君」は「僕」の初恋?
冬が好きな「君」と冬の前に別れる
僕がてれるから 誰も見ていない道を
寄りそい歩ける寒い日が 君は好きだった
さよなら さよなら さよなら
もうすぐ外は白い冬
愛したのはたしかに君だけ
そのままの君だけ
出典: さよなら/作詞:小田和正 作曲:小田和正
ふたりの愛に何の疑問の余地もなかった頃のささやかな記憶が切ないです。
また読み込むと「君」は冬の季節が好きなのに冬が到来する頃に別れを切り出したことになります。
残酷な運命の巡りあわせです。
「君」は「僕」が初めて真剣に愛した人になります。
初恋の定義は人それぞれ多彩ですがこの愛を「初恋」と呼んでもいいのかもしれません。
「君」をまるごと愛していたのに別れが来る。
「君」の存在が小さくなった理由は明らかにされません。
愛が自然に疲弊していったくらいの想像しか湧かないです。
しかし別れる理由を明示する歌詞に魅力はあるでしょうか。
小田和正のプライバシーを切り売るような歌詞であったら「さよなら」はこれほどの名曲にはなっていない。
リスナーは自身の経験に照らして別れの理由を考えていいのです。
解釈に自由度があるからこそこれほどの大ヒット曲になりえました。
ただ「さよなら」は日本の歌謡史の中では突出して悲しいウィンター・ソングになります。
オフコースは「さよなら」の大ヒットがあったために「暗い」というパブリック・イメージを背負うのです。
確かに真摯な歌しか書かないし歌わないオフコースですから「暗い」と思われても仕方ないのですが。
それでも「暗い」からといって聴くことを敬遠しないでください。
恋の予感に心が浮くような曲もたくさんあります。