ドラマ「愛という名のもとに」挿入歌
青春の悲喜劇
1981年9月21日発表、浜田省吾の通算7作目のアルバム「愛の世代の前に」。
このアルバムに収められた「愛という名のもとに」は1992年の同名ドラマの挿入歌です。
元々、フジテレビの大物プロデューサー大多亮が「一回くらい失敗しても構わない」と立ち上げたドラマ。
その意に反して大ヒットします。
野島伸司脚本特有の青春の悲喜劇と喪失感などを感じさせるドラマでした。
アメリカの青春映画「セント・エルモス・ファイアー」と浜田省吾の世界を融合させたい。
そんな想いで創られました。
唐沢寿明と江口洋介の2トップでの主演構成は後の名作ドラマ「白い巨塔」に引き継がれます。
ヒロインは鈴木保奈美。
野島伸司が描きたかったのは悲喜こもごもの青春群像劇でした。
その野望を担保したのが浜田省吾の歌の世界です。
挿入歌でありドラマのタイトルにも選ばれた「愛という名のもとに」の歌詞の世界を紐解きます。
サングラスに隠した素顔
浜田省吾の稀少なタイアップ
浜田省吾は元々メディアへの露出を可能な限り抑えていたアーティストです。
彼のトレードマークのサングラス。
ライブやメディア、そしてジャケット写真などではサングラスを掛けて普段はサングラスをしない。
それが浜田省吾という人のスタイルです。
街中では誰にも浜田省吾であることを気付かれずに暮らしていたいという想いが滲みます。
そんな彼が浜田省吾の世界観を全面に押し出したドラマに曲を提供することには若干の抵抗がありました。
ドラマとタイアップすることで従来のファンからの厚い信頼を失うことはできません。
それでも浜田省吾の世界観を全面に押し出す内容の脚本の素晴らしさには彼も一定の理解をします。
既発曲をリメイクして採用してもらえばいいだろう。
それにはアルバム「愛の世代の前に」収録の「悲しみは雪のように」が似合う。
この決断が功を奏します。
アルバム「愛の世代の前に」はドラマ放映後に再びオリコン・アルバム・チャート上位に食い込む。
1992年、オリコン・アルバム・チャート最高2位を記録、14週連続で10位内。
アルバム発表後11年が経ってからの記録です。
「愛という名のもとに」はリメイク再発シングル「悲しみは雪のように」のカップリング曲で1位を記録。
この時期を境に浜田省吾に対する世間一般の認知が一気に広まりました。
前置きが長くなりましたので実際の歌詞を見ていきましょう。
喪失した愛がテーマ
社会派だけではない浜田省吾
ごらん 街の灯りが消えて行くよ
もうすぐ始発が走り出す
さよならだね
君の肩を抱くことも出来ないまま…
ドアの前に ふたつのスーツ・ケース
鍵は机の上
出典: 愛という名のもとに/作詞:浜田省吾 作曲:浜田省吾
青春期のひとつの愛がふたつに分かれてそうっと姿を消します。
始発までは一緒に過ごしたのですがこれが最後の夜になってしまうかもしれません。
主人公の「僕」は「君」への未練が遺ります。
どうしてうまくやれなかったのだという憤りと喪失感。
一方で時期を経たらまだまだやり直せるのではないかという淡い期待が交錯するのです。
浜田省吾は社会派の歌い手としても優れた才能を持っています。
一方でこうした愛の歌い手としての資質も素晴らしいもの。
この傾向は相反するふたつの潮流という訳ではありません。
社会派という大きなテーマの根源は日常の暮らしや人生のひとこまから生まれるものです。
鬱憤や悲喜こもごもの小さなドラマの中から現れた歌が社会派とされているだけ。
浜田省吾のように丁寧にドラマを紡いでゆくアーティストは社会派のテーマも愛のテーマも得意。
それはごく当然のことだと想います。
電話というツール
自動車というツール
眠れぬ夜は電話しておくれ
ひとりで 朝を待たずに
真夜中のドライブ・イン 昔のように
急いで 迎えに行くよ
出典: 愛という名のもとに/作詞:浜田省吾 作曲:浜田省吾
連絡のツールは電話か手紙だった時代の歌詞です。
手帳やアドレス帳が人生や生活の交友面でとても大事だった時代。
夜に眠れない理由は様々な様相を呈しています。
ひとりでいることの不安や迷いがその原因となることもあるでしょう。
しかしふたりで暮らしているとそれもまたストレスがあって立ち行かなくなるジレンマ。
眠れない夜に電話しても許してくれる相手はとても大事です。
際限のない夜のおしゃべり。
その中には悩みや愚痴など暗い話題もあるでしょう。
聴き遂げてくれる相手は稀少です。
真面目さを見せても寛容でいてくれる関係は大切なもの。
「君」が「僕」のそんな稀少さに気付いてくれればいいのですが。
浜田省吾の歌には車が当たり前のように登場します。
最近、都会暮らしの人は自動車保有率が減少。
都会は公共交通機関が充実しています。
しかし時代を経て貧しくなった証拠でもあるのです。
今、自動車を持っていない都会の男性。
LINEで彼女が嘆いている深夜、急いで迎えにゆくことが難しくなりました。
寂しい話です。