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2017年07月18日更新

米津玄師「vivi」歌詞の意味を紐解く

米津玄師の1stアルバム「diorama」に収録された「vivi」。動画投稿サイトで合成音声VOCALOIDを使用した作品を投稿し人気を博した彼が本名で自分の歌声で歌い上げたこの歌詞に込められた意味は何だったのでしょう。様々な解釈が可能なこの歌詞に注目してみます。

VOCALOIDではなく生の声で

自分の名前で、自分の声で

アーティストとしての地位を固めてきている米津玄師ですが、米津玄師としてデビューする前はハチという名前でニコニコ動画にボーカロイドを利用した楽曲を投稿して活躍していました。


ハチとして発表された「マトリョシカ」や「結んで開いて羅刹と骸」などは特に有名なので、ボーカロイド曲を聴いたことがあれば知っている人も多いのではないでしょうか。


「vivi」はそんな彼が2012年に米津玄師名義で最初に作成したアルバム「diorama」に収録された一曲です。


発売前に着うたフルが先行配信され、配信サイトのデイリーチャートで1位にもなった「vivi」。


その歌詞の意味を紐解いてみましょう。

diorama

悲しみの溢れる歌詞

大切な存在との別れ

悲しくて飲み込んだ言葉
ずっと後についてきた
苛立って投げ出した言葉
きっともう帰ることはない

出典: https://twitter.com/yonedu_hachi/status/883775483732611072

音にすることなく自分の中に閉じ込めた言葉はその後ずっと引きずってしまいます。


言わなかったことへの後悔なのでしょうか、それとも消化不良となって滞ってしまっているのでしょうか。


とはいえ感情にまかせて言ってしまった言葉は戻ってきません。


「今のは違う」「ごめん」と取り消そうとしても言ってしまった事実は消えないまま自分の中に、もしくは相手の中に残ってしまいます。


悲しかったり苛立ったりという負の感情に左右されて言えずにいることも言ってしまうことも、あまり気持ちのいいとは言えない状況をつれてきてしまいますね。

言葉にすると嘘くさくなって 形にするとあやふやになって 丁度のものは1つもなくて 不甲斐ないや

出典: https://twitter.com/yndz_vivi_bot/status/883621394562535424

思っていたことを言葉にするとなんだか薄っぺらく感じたり、思い描いていたものを形にすると「こんなものだっけ?」と違和感を感じてしまったりということはあると思います。


自身の表現力が足りないのでしょうか、理想を現実のものにする行為の限界なのでしょうか。


納得できるものができなくて自身を失ってしまうこともあるでしょう。

愛してるよ、ビビ
明日になればバイバイしなくちゃ
いけない僕だ
灰になりそうな
まどろむ街を
あなたと共に置いていくのさ

出典: https://twitter.com/kasigenmaibot/status/883640628432609280

「僕」が愛する「ビビ」へ別れを告げます。


愛しているのに別れなければならない理由とは何でしょうか。


「灰になりそうな まどろむ街」というフレーズからは生命力が感じられませんが関係があるのでしょうか。


置き去りにしてしまう理由とは何なのでしょう。

言えない言葉、言いたくない言葉

あなたへと渡す手紙のため 色々と思い出した どれだって美しいけれども 1つも書くことなどないんだ

出典: https://twitter.com/yndz_vivi_bot/status/883929862376837120

「あなた」に手紙を書こうと思い出したいろいろなこと。


その思い出はあますことなく輝いて美しく「僕」の心に蘇りますが、だからこそ言葉にすることができません。


どんな言葉にして表せばいいのかがわからないのかもしれないし、それともどんなに言葉を尽くしても表現することができないということかもしれません。

でもどうして、 言葉にしたくなって
鉛みたいな嘘に変えてまで
行方のない鳥になってまで
汚してしまうのか

出典: https://twitter.com/Kenshi_Yonezu_R/status/880921721309712386

それでも言葉にしたいという衝動に突き動かされます。


けれど「僕」にとってそれは重く苦しい偽りのもので、飛び出した先の行く宛てのない言葉でした。


結局きれいな思い出を汚してしまった罪悪感が「僕」には残ります。

愛してるよ、ビビ
明日になれば
今日の僕らは死んでしまうさ
こんな話など 忘れておくれ
言いたいことは一つもないさ

出典: https://twitter.com/lyric_220/status/877336704750833665

「愛してる」という言葉だけを告げて、まるで何もないかのように話を終わらせます。


忘れて欲しいという言葉の後に続く「言いたいことは一つもない」という言葉には「言いたいことなんて沢山ある」という意味が含まれていることは想像に難くないですね。


沢山言いたいことがあっても言葉にできないから、何もないかのように何事もなかったかのように振る舞うのです。

いったい何があったのか

物語のはじまり

溶け出した琥珀の色
落ちていく気球と飛ぶカリブー
足のないブロンズと
踊りを踊った閑古鳥

出典: https://twitter.com/lyric_220/status/880779376626769920

カリブーは北アメリカ産のトナカイ、閑古鳥はカッコウです。


空を飛ぶ気球は地面へ、地上を駆るトナカイは空へ。


ちぐはぐな情景の並ぶフレーズは正に天地がひっくり返るような出来事が起きたことを示しているのでしょうか。


足がなくなり立つことの出来なくなったブロンズ像は、その結果を意味しているのでしょう。


閑古鳥をカッコウと書きましたが、さびれた様子を表現する『閑古鳥が鳴く』という慣用句があることを考えると鳴くばかりか踊りを踊るということは、さびれている状況を強調しているとも捉えられます。

忙しなく鳴るニュース
「街から子供が消えていく」
泣いてるようにも歌を歌う
魚が静かに僕を見る

出典: https://twitter.com/yuuuu_qn/status/876589121409503232

天地がひっくり返るような大きな出来事が生じたことで、ニュースが騒がしくなります。


ニュースの中では未来を担う「子供」たちが次々に街を去っていくことも伝えられます。


「街」から出て行くのはもう「街」では暮らせないからでしょうか。


それとも「街」の外に平穏を求めたのかもしれません。


泣いているように歌われる「歌」は祈りの歌か、鎮魂の歌か。


「魚が静かに僕を見る」というフレーズでは「僕」はどうするのだと問われているように感じられます。

どうにもならない心でも あなたと歩いてきたんだ

出典: https://twitter.com/yndz_vivi_bot/status/883893380853268480

問われた「僕」は決断を迫られます。


「あなた」つまりは「ビビ」とこれまで一緒に生きてきた「僕」はどうするのか…、それは歌詞の中に出てきていましたよね。

言葉を吐いて
体に触れて
それでも何も言えない僕だ
愛してるよ、ビビ
愛してるよ、ビビ
さよならだけが僕らの愛だ

出典: https://twitter.com/y_lyrics/status/883225344450240512

「ビビ」に対して語りかけてもその体に触れても、本当に言いたいこと言わなければならないことは何も言えずにいます。


「愛してる」ただその言葉だけを繰り返して、けれどその愛の向かう先に待つのは「さよならだけ」。


抗えない別れが迫っています。

『天地がひっくり返るような出来事』とは?

天地がひっくり返るような出来事が起きたのだろうと解釈の中で書きましたが、2011年の東日本大震災を指していると解釈する人も多いです。


「vivi」の収録されたアルバム「diorama」が発売されたのは2012年。


そしてアルバムのジャケットに描かれているのはナマズの上に建つ街です。


日本においてナマズと地震は無関係ではないのです。


地震は大ナマズが地下で活動するからだという民間信仰が日本にはあり、ナマズが暴れると地震が起きるなんていう伝承もあります。


これを考えると、「vivi」と震災がまったくの無関係とは言えないのかもしれません。

「vivi」の意味

イタリア語やフランス語などに接頭語として『vivi-』がありますが、語源はラテン語の『vivus』と思われます。


『生きて』、『命』など生命を意味する言葉です。


別れを告げた愛する相手の名前が「ビビ」なのは、別れたあとも生きて欲しいという願いが込められているのかもしれません。

愛しているよ、ビビ 明日になれば
バイバイしなくちゃいけない僕だ
灰になりそうな まどろむ街を
あなたと共に置いていくのさ

出典: https://twitter.com/miku0127miku39/status/673303529902108672

「灰になりそう」=失われてしまいそう、「まどろむ」=意識の曖昧な様子と捉えると「街」の状況はずいぶんと不安定で生命力が感じられません。


そんな街を「僕」は立ち去るのです、「ビビ」を残して。


生きていけるのかもわからないような街に大切な「ビビ」を残していくのは相当な不安があることでしょう。


それでも生きて欲しい、生き抜いて欲しいという願いがビビ(vivi)という名前に込められているとしたら。


避けられない別れを嘆く歌詞の中で、ほのかな希望をタイトルに残したのかもしれませんね。

まとめ

生きて

驚天動地の出来事が、とある街を襲います。


街はもう虫の息。


日々の暮らしも危うくなった人々は次々に街を出て、人の姿は減っていき街には爪痕が生々しく残るばかりです。


「僕」も生きていくために街を出る選択をしなければなりません。


けれど「ビビ」を連れて行く余裕まではありません。


置いていかなければならないのです。


これまで一緒に過ごしてきた愛しい「ビビ」を、明日の暮らしも危ういだろう街に置き去りにしなければなりません。


けれど「ビビ」に別れを告げる勇気が出ません。


口にできないなら手紙にしようと共に生きてきた日々を思い出して、その日々の美しさに言葉が詰まります。


それでもなんとか言葉にしようと努めても、上手く言葉にできないばかりか出てくるのは言い訳のような何が言いたいのかわからないものばかり。


「ビビ」の体に触れて、話しかけても本当に言わなければならないことは何一つ言葉にできません。


「愛してるよ」「愛してるよ」と繰り返す言葉も「僕」にとっては言い訳に思えたかもしれません。


「ビビ」への愛しい思いも、行き着く先は別れなのです。


別れの待つ明日になれば、ふれあっている今日の「僕ら」はいなくなってしまいます。


大切なことを何も言葉にできないままのよくわからない話も苛立ちのあまり投げてしまった言葉も忘れてほしい、なかったことにしてほしいと告げます。


そうして言わなければならないことを何一つ言い出せないまま、「僕ら」の時間は終わってしまいます。


ただ生きてという痛切な願いが「僕」の心にはあるのでしょう。


それはきっと、生きていればまたいつか再会できるのではないかという小さな小さな希望なのではないでしょうか。

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音楽好きの駆け出しライター。

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