VOCALOIDではなく生の声で

自分の名前で、自分の声で

アーティストとしての地位を固めてきている米津玄師ですが、米津玄師としてデビューする前はハチという名前でニコニコ動画にボーカロイドを利用した楽曲を投稿して活躍していました。

ハチとして発表された「マトリョシカ」や「結んで開いて羅刹と骸」などは特に有名なので、ボーカロイド曲を聴いたことがあれば知っている人も多いのではないでしょうか。

vivi」はそんな彼が2012年に米津玄師名義で最初に作成したアルバム「diorama」に収録された一曲です。

発売前に着うたフルが先行配信され、配信サイトのデイリーチャートで1位にもなった「vivi」。

その歌詞の意味を紐解いてみましょう。

diorama

悲しみの溢れる歌詞

大切な存在との別れ

悲しくて飲み込んだ言葉
ずっと後についてきた
苛立って投げ出した言葉
きっともう帰ることはない

出典: https://twitter.com/yonedu_hachi/status/883775483732611072

音にすることなく自分の中に閉じ込めた言葉はその後ずっと引きずってしまいます。

言わなかったことへの後悔なのでしょうか、それとも消化不良となって滞ってしまっているのでしょうか。

とはいえ感情にまかせて言ってしまった言葉は戻ってきません。

「今のは違う」「ごめん」と取り消そうとしても言ってしまった事実は消えないまま自分の中に、もしくは相手の中に残ってしまいます。

悲しかったり苛立ったりという負の感情に左右されて言えずにいることも言ってしまうことも、あまり気持ちのいいとは言えない状況をつれてきてしまいますね。

言葉にすると嘘くさくなって 形にするとあやふやになって 丁度のものは1つもなくて 不甲斐ないや

出典: https://twitter.com/yndz_vivi_bot/status/883621394562535424

思っていたことを言葉にするとなんだか薄っぺらく感じたり、思い描いていたものを形にすると「こんなものだっけ?」と違和感を感じてしまったりということはあると思います。

自身の表現力が足りないのでしょうか、理想を現実のものにする行為の限界なのでしょうか。

納得できるものができなくて自身を失ってしまうこともあるでしょう。

愛してるよ、ビビ
明日になればバイバイしなくちゃ
いけない僕だ
灰になりそうな
まどろむ街を
あなたと共に置いていくのさ

出典: https://twitter.com/kasigenmaibot/status/883640628432609280

「僕」が愛する「ビビ」へ別れを告げます。

愛しているのに別れなければならない理由とは何でしょうか。

「灰になりそうな まどろむ街」というフレーズからは生命力が感じられませんが関係があるのでしょうか。

置き去りにしてしまう理由とは何なのでしょう。

言えない言葉、言いたくない言葉

あなたへと渡す手紙のため 色々と思い出した どれだって美しいけれども 1つも書くことなどないんだ

出典: https://twitter.com/yndz_vivi_bot/status/883929862376837120

「あなた」に手紙を書こうと思い出したいろいろなこと。

その思い出はあますことなく輝いて美しく「僕」の心に蘇りますが、だからこそ言葉にすることができません。

どんな言葉にして表せばいいのかがわからないのかもしれないし、それともどんなに言葉を尽くしても表現することができないということかもしれません。

でもどうして、 言葉にしたくなって
鉛みたいな嘘に変えてまで
行方のない鳥になってまで
汚してしまうのか

出典: https://twitter.com/Kenshi_Yonezu_R/status/880921721309712386

それでも言葉にしたいという衝動に突き動かされます。

けれど「僕」にとってそれは重く苦しい偽りのもので、飛び出した先の行く宛てのない言葉でした。

結局きれいな思い出を汚してしまった罪悪感が「僕」には残ります。

愛してるよ、ビビ
明日になれば
今日の僕らは死んでしまうさ
こんな話など 忘れておくれ
言いたいことは一つもないさ

出典: https://twitter.com/lyric_220/status/877336704750833665