具体的な人物像は分からない
曲を聴いてこの程度の人物像はイメージはできました。
でも、もう少し具体的なところはどうでしょうか。
イメージを膨らませてみましたが、歌詞からは見えてこないのです。
私が想像力をたくましくすれば、実はこういう設定なんじゃないかなと根拠なく思い描くことはできます。
ただそれは私の想像が1人歩きしているだけで、歌詞からは離れたものになってしまいます。
あえて不要なイメージは歌詞に書いていないのかも
「シークレット」でよく分からない存在だから
なぜ人物像がイメージできないのか。
あれこれ考えを巡らせてみたのですが、あえて表現を削っているのでは、とふと思いました。
具体的な人物がイメージできないようにしているのです。
あなたのこんなところが好き。そういった歌詞はほぼありません。
恋愛をテーマにした曲なら、あなたは優しい人だとか、居心地がいいとか、そういった歌詞が出てきそうなのに。
では仮にそういった言葉を歌詞に入れたらどうなるでしょう。
きっと、「シークレット」な「キミ」の人物像が崩れてしまうのです。
明確な人物像がないから「シークレット」なんです。
そして「キミ」だけが詳細不明なのは違和感があるので、主人公の人物像も具体的にはされていません。
音楽、広く言えば芸術では「何を表現するか」が大事です。
そして「何を表現しないか」ということも重要になってきます。
省略し過ぎても伝わらない
だからといって削れば削るほどいいというわけではありません。
「キミ」がどんな人なのか全くイメージできないと、人間味のない印象になってしまいます。
恋している気持ちも伝わってきません。
恋する乙女心を表現するために、必要最小限の歌詞しか残していないのでは、と考えました。
ネガティブな言葉もシークレットを表現するため
嘘という言葉について
前にも書いた通り、きっとこの曲の「キミ」は笑顔がステキな爽やかイケメンなわけですが(笑)
一方で秘密に包まれた人を表現しようとしたとき、恐らく一般的にはこんな言葉が思い浮かびます。
無口。闇や影。孤独や寂しさ。悲しさ。クール。あなたは何を考えているの。
でもこういった表現をしてしまうと、「影のあるイケメン」になり、曲の世界観と異なってしまいます。
そこでこの曲では「嘘」という言葉を使っているのではないでしょうか。しかも「甘い笑顔で」。
どうも本当のところが分からないという状態を表現しています。
この曲での「嘘」は人を傷付けるものではなく、「シークレット」を表現するためのものなのでしょう。
普通は悲しい、つらいといった気持ちを連想してしまう「嘘」という言葉。
この曲では甘い恋心をますます際立たせるような、スパイスとしての役割を担っています。
歌詞に「知らない」「分からない」は一切出てこない
歌詞で興味深いと思ったのは、「知らない」「分からない」という言葉は1度も出てこないということです。
「知りたい」は6回も出てくるのに。
好きな人が秘密に包まれている状態について、「あなたのことが分からない」などとは言っていません。
「あなたのことが見えない」というニュアンスのことを「目が眩む」と言っています。
さらには2人には多少距離があるような状況を「斜めから」「切れそう」といった言葉で表現しています。
「分からない」と直接的な言葉を使わず、これだけ聴いている人にイメージさせるってすごいです。
「運命」という言葉の重要性
ここで私は、歌詞に出てくる「運命」という言葉が重要だと思っています。
これは運命なんだね
たしかにそんなようだね
出典: シークレットシークレット/作詞:中田ヤスタカ 作曲:中田ヤスタカ
というのもこの言葉がないと、主人公が一方的に恋心を抱いているという印象になり兼ねないからです。
もしくは「キミ」の方は軽い気持ちだという状況もあり得ます。
ひょうひょうとして、とらえどころのない「キミ」。
本当はどう思っているか分からないけど、もしかしたら遊んでいるだけなのではないか、と。
でもそうではないんです。「たしかに」「運命」なんです。
順風満帆な恋ではないのですが、相思相愛な状態だということが伝わってきます。
だからこの曲を聴いていて「大丈夫かな?」と心配するような感情は生まれません。
好きな人のことを知りたい乙女心っていいなぁと、こちらも聴いていて幸せな気持ちになります。