主人公の「待ちの姿勢」
窓を開けて朝を睨んで
植木鉢に水を与え
いつか私も渇き癒えると
ぼんやり願ってる
時間の限り集まってはバカ騒ぎ
あなたをここへ引き留めるのは誰?
出典: 東京NIGHTS/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
一人暮らしの部屋のベランダに置かれた鉢植え。
朝の水を注ぐときに、渇いているのは自分の心の方ではないかと思いを馳せます。
実際に「東京砂漠」という言葉があるのです。
この土地は潤うことに飢えた街でしょう。
それでもまだ明日へ希望を託します。
いつかこの渇きにもレスキューの手が伸びることを夢想するのです。
実際に生活の何かを変えるような積極的な行動をする訳ではありません。
主人公に見受けられるのは徹底した「待ちの姿勢」なのです。
これではこの先が不安になるばかりでしょう。
貪欲に生きるものだけが這い上がっていける土地であり、その闘いから敗れると「負け組」に転落。
意外と優しさもある街なのですが、主人公の故郷ほどコミュニティがしっかりしている訳ではないです。
遊ぶ機会も故郷よりはいっぱいあるのですが、空虚なパーティーを多く経験しても虚しさが増すだけ。
東京の夜というものの正体は何でしょうか。
なぜこの街にとどまっている必要があるのでしょう。
主人公の疑心は大きく膨らみます。
この街での私の価値は
東京の街とその歴史
TOKYO NIGHTS
原始時代からずっと
光を分かち合い
燃え続ける
TOKYO NIGHTS
Baby what's my price?
この辺で誰かと帰りたい
カエリタイ
出典: 東京NIGHTS/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
英文は「私の価値はどんなもの?」という意味です。
実際、原始時代にはあまり集落もなく貧しい土地でしたがその辺りは詩的表現なので文句はいえません。
火を集落で分かち合うことで私たちは少しずつ生活や社会を豊かにしてきました。
産業革命以降、生活の質が飛躍的に向上します。
日本の明治維新なども元をたどれば西欧で産業革命が勃興したこと。
欧米列強に追いつくために体制を変えようという機運の中で生まれました。
こうした人類史の中で東京の街も姿を変えてゆきます。
「失われた30年」で国力は衰えました。
東京の街の先進性もアジアで見劣りするようになります。
しかしこの曲が生まれた2002年はまだそうした危機感は意識されません。
東京はずっと右肩上がりに成長してきたという神話を主人公は素朴に信じます。
それでも都市の経済的な豊かさだけを人生の羅針盤に生きることはできません。
もっと情感に訴える出来事を待ち侘びていて、いい出会いがあれば都落ちさえ決意します。
故郷に帰る日のことを念頭に置き始めるのです。
もしくはもっと強い意志で帰郷したいと考え始めました。
東京の街の中で私の存在価値は何だろうと思い始めるなど不安になります。
ただ、まだ一緒に帰郷してくれる男性に巡り合っていません。
忍び寄る都会暮らしの疲れ。
理想の恋愛を心待ちにする気持ちと、自身の疲れを天秤にかけるような気分を味わいます。
運命の人との出会い
一緒に東京で過ごしたい
Sleepless nights
夢を見たい
本当は自由と分かってる
どこ見てるの
Lonely eyes
君かもしれない
もうしばらく側に居て下さい
イテクダサイ
出典: 東京NIGHTS/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
眠れない夜をいくつも乗り越えます。
睡眠の中でも夢が見たいし、理想を託す夢も見つけたいと願うのです。
上述の歌詞の中では自由がないと歌いました。
しかし自由であることは知っていたと告白します。
誰も主人公の行路を妨げる人はいません。
そもそも東京の人は他人にあまり興味がないので干渉してくることは少ないです。
そっとドラマが生まれました。
孤独な瞳が麗しい男性。
主人公は彼の視線の行く先が気になりだします。
やっと運命の人に出会えたのでしょうか。
自然に湧き上がる気持ちは「一緒にいたい」です。
この気持ちはこの先の人生を一緒に過ごしたいという大きな気持に膨らむのでしょう。
東京の夜の顔立ちまでもいつもと違って見えるようになるのです。
この愛を育てていけば東京とも折り合いがつくかもしれないと感じ出します。
「東京NIGHTS」と母の影
東京暮らしに希望を灯す
隠しておきたい
赤ちゃんみたいに素直な気持ちは
ビルの隙間に
月など要らない
お母さんみたいに優しい温もり
街の明かりに
出典: 東京NIGHTS/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
クライマックスです。
先ほど登場した運命の彼との出会いで主人公の心情は変わります。
自身の中に幼少の頃に戻るような気持ちが芽生えました。
しかしここは東京ですから、そうした素直な気持ちは隠しておきたいとも思います。
最後に至って宇多田ヒカルは疑心を覚えた東京の夜を救い出すのです。
東京のネオンの光があれば月さえも要らないと歌います。
実際にこの土地で愛を得られれば東京の夜も全肯定できるようになる。
これは東京の街の力というよりも運命の愛に宿る肯定力の偉大さが関係するのでしょう。
宇多田ヒカルにとって東京の街の光とは、実際に藤圭子が「女のブルース」で歌った懐かしいネオンライト。
このラインで出てくる「母」というワードは偶然なのでしょうか。
宇多田ヒカルは藤圭子の歌手としての力量を尊敬の眼差しで見つめています。
母としてもシンガーとしても尊敬する母の影を投影する歌詞が意味深です。
不思議な余韻が残りますが、東京生活に希望を灯すような終わり方。
東京に憧れて、東京に疲れて、しかしやっと理想の人と出会えて、もう少し東京で頑張ろうと決意。
「東京NIGHTS」は東京の暗闇と光を同時に描きました。