1980年代から現在までCMソングを歌い続けて
耳に残るハイトーンボイスが印象的
1980年代前半にデビューした稲垣潤一は、高い声で歌い上げるハイトーンボイスが人気を博したソロシンガー。
その高い声はシルキーボイスなどとも呼ばれました。
そんな稲垣潤一が5枚目に発表したシングルが「夏のクラクション」。
1983年7月21日リリ-ス。
余談ですが、ちょうどこの2ヶ月後の9月21日にはチェッカーズのデビューシングル「ギザギザハートの子守歌」がリリースされています。
1983年(昭和58)がどういう年か、ちょっとイメージできたでしょうか。
この「夏のクラクション」は3枚目シングルの「ドラマチック・レイン」に続いて、CMソングに起用された曲。
「ドラマチック・レイン」はタイヤメーカー・横浜ゴムのCMソングで、「夏のクラクション」はカーステレオ用カセットテープのCMソング。
「夏のクラクション」の次の6枚目シングル「ロング・バージョン」は再び横浜ゴムのCMソングとなり、8枚目「ブルージン・ピエロ」、9枚目「バチェラー・ガール」も横浜ゴムのCMソング。
稲垣潤一の曲はCMのクリップ映像に乗りやすく、覚えやすい。
「April」が三洋電機のラジカセに、「思い出のビーチクラブ」がカナダドライジンジャーエールに、という具合に次々とCMに起用されています。
そして彼の曲は1980年代から1990年代、2000年代、2010年代とテレビCMやテレビの番組テーマ曲などでずっと起用され続けています。
稲垣潤一は、今もって第一線に君臨するCMソング界のトップランナーなのです。
デビュー時は、陰のある都会派色男のイメージ
ウエットな歌詞がメロウなメロディでソフトに明るく
ただし、稲垣潤一初のCMソングとなった「ドラマチック・レイン」は、歯切れのいいリズムとはうらはらに、曲の印象はどこか暗い感じ。
それは堕ちていく男女カップルに雨が冷たく打ち付ける、という歌詞のせいもあったけれど、曲調が暗いせいでもありました。
そして次の「エスケイプ」はタイトルにあるように、訳あり男女の逃避行(エスケイプ)がテーマなのでパンチのあるノレる曲でしたが、歌詞の内容はダーク。
だから稲垣本人の印象も、どこか陰のあるシティボーイといった感じ。
彼の歌に出てくる恋人達やその状況は、甘くないロマンス、苦いアバンチュール、とでも言うような“深みにはまった大人の恋”がほとんど。
そこへ登場した「夏のクラクション」。
メロディラインが明るくなり、どこかリア充な清涼感すら漂うリゾート風サウンドが心地いい。
ただ陽性な曲かと思いきや、歌詞はかつて愛し合った恋人を男が回想するという内容で、大人の恋の苦い余韻を歌っています。
だからかなり切ない。
青春の終わりを告げるような、もの悲しさすら漂います。
そんな歌詞を書いたのは、1980年代、松本隆と人気を二分していた感のある売野雅勇(うりの・まさお)。
チェッカーズと組んで80年代を席巻した売野雅勇
バラエティに富んだ売野ワールド、その歌詞の世界
売野雅勇は、中森明菜の「少女A」を書き、この曲のヒットで一躍脚光を浴びます。
郷ひろみの「2億6千万の瞳」やラッツ&スターの「め組のひと」、吉川晃司の「ラ・ヴィアンローズ」を発表して売れっ子に。
そして決定打は、作曲家・芹澤廣明とコンビを組んだ、一連のチェッカーズ・ナンバーです。
売野雅勇の主要なチェッカーズ作品を以下に。
- 涙のリクエスト
- 哀しくてジェラシー
- 星屑のステージ
- ジュリアに傷心(ハートブレイク)
- あの娘とスキャンダル
- OH!!POPRSTAR
- Song for U.S.A.
そんな売れっ子、売野雅勇が稲垣潤一と初めて組んだのがこの「夏のクラクション」なのです。
ウレセン売野雅勇と巨匠・筒美京平がコラボ
まぎれもない夏歌ながら、歌詞は失恋ブルー
では歌詞をみてみましょう。
海沿いのカーブを君に白いクーペ
曲がれば夏も終わる…
悪いのは僕だよ 優しすぎる女(ひと)に
甘えていたのさ
出典: 夏のクラクション/作詞:売野雅勇 作曲:筒美京平
稲垣潤一が歌うこの曲、曲の中の男女の恋はハッピーとはほど遠い状況。
「海沿いのカーブを…(略)…曲がれば恋も終わる」というけれど、もはや恋は終わっている感じ。
「優しすぎる女に甘えていた」僕の、なくした恋を追慕する胸の内が痛々しいほど伝わってきます。