大切に歌い継いだ「流れ星」
スピッツがセルフカバーするまでの変遷
1996年9月21日発表、辺見えみりの通算7作目のシングル「流れ星」。
1999年3月25日発表、スピッツのスペシャル・アルバム「花鳥風月」に収録。
1999年4月28日発表、スピッツの通算20作目のシングルとしてリカットされた「流れ星」。
草野正宗の歌詞が難解かつ奥が深いため解釈が容易でないこの曲を深掘りします。
登場人物は「僕」と「君」だけなのですが、脇を固めるキャラクターの位置づけが難しい曲です。
あまりに詩的でうっとりとする作品なので、雰囲気によって楽しんでいただいても大丈夫でしょう。
ただし深読みをすると悲しく切ない背景が浮かんできます。
草野正宗はどんな想いでこの作品を創り上げたのかを想像しながら悲しい歌世界を紐解きました。
「流れ星」が現れては消える世界へ一緒にでかけましょう。
「僕」だけの地図に描かれたもの
「君」の言葉はなぜ謎なのか
僕にしか見えない地図を拡げて独りで見てた
目を上げた時にはもう 太陽は沈んでいた
造りかけの大きな街は 七色のケムリの中
解らない君の言葉 包み紙から取り出している
出典: 流れ星/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
スピッツらしいミドル・テンポの爽やかなイントロです。
歌い出しから詩的すぎるために細かい解釈へと噛み砕くのには骨が折れます。
本物の詩というものは解剖するものではないのかもしれません。
「僕」だけが把握している地図というのが何やら大事そうです。
自分だけの想い出が描かれている絵図のようなものを顧みようとしたのでしょう。
そこには「僕」しか知らないことが描かれているはずです。
ずっとひとりで昔の物思いに耽っていると遠く太陽は山並みに沈んでいました。
なぜ「僕」はひとりなのでしょう。
今は友人も恋人も家族もそばにいないひとりの時間を過ごしていたかったのかもしれません。
かつてこの見えない地図に描こうとした街並みは造りかけのまま発展しないのです。
なぜこの街は発展することを放棄したままなのでしょうか。
成し遂げられないまま放置されていることの象徴なのでしょうが具体的な答えはこの先にあります。
「君」の言葉は謎でした。
その言葉を書き留めて大事に取っておくこと。
実際にこのようなことがあったとはちょっと思えないのでここにも隠喩が働いています。
「君」の言葉はもう「僕」にとっては解けない謎になってしまった。
その言葉を宝物のように胸の奥に仕舞って反芻している姿が描かれています。
なぜ「君」の言葉はもう解くことができないのでしょうか。
この先の歌詞を読んで深読みしてみます。
「君」を流れ星に喩える意図
夭逝した人の記憶
流れ星 流れ星 すぐに消えちゃう君が好きで
流れ星 流れ星 本当の神様が
同じ顔で僕の窓辺に現れても
出典: 流れ星/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
草野正宗は「君」を流れ星に喩えます。
流れ星というものは夜空に現れたかと思うとすぐに消え去ってしまうもの。
人生に喩えるとどういう状態になるでしょうか。
一瞬だけ輝きを残して消えていってしまった人。
「君」はもうこの世界にはいません。
草野正宗は亡くなられた人のことを歌っているのです。
事故や病気など死因は分かりませんが夭逝したひとりの女性の面影が歌われています。
この曲「流れ星」をスピッツがアマチュア時代から大事に歌い継いでいた理由が分かる気がするのです。
自分と交際があった女性が夭逝したことを心の中で大事な想い出として育み続けていたのでしょう。
若くしてこの世を去ることはとても辛い想いを遺された人々に強います。
その一方で逝ってしまった人の鮮烈な生の姿が人々の記憶に刻まれるのです。
神でさえ「君」の魅力には勝てない
流れ星 本当の神様が
同じ顔で僕の窓辺に現れても
出典: 流れ星/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
流れ星が現れると人は神様に向けて願い事を唱えるものです。
一方で全知全能の神のような存在がいると仮定します。
その神様が夭逝した「君」とそっくりな姿で「僕」の部屋に訪れても見分けが付くよと歌っているのです。
「君」の面影はそれほど鮮明に「僕」の記憶にしがみついています。
亡くなられた人のことを恋慕い想い続けるのは健全なことではないかもしれません。
それでも仕方がないのです。
亡くなった人の記憶に生きている人間は敵わない側面があります。
記憶の中でいつまでも若いままでいる人に現実で歳を重ねてしまう人は美しさの観点で勝てません。
「僕」にとっては全知全能の神でさえ「君」の魅力には勝てないのです。
身の回りに若くしてこの世を去った人がいる方はよく分かるラインだと思います。
夢に彼、彼女が立ち現れて生きていた頃の姿のままで闊達な笑顔を魅せてくれること。
若い死には亡くなってもまだ私たちの記憶に鮮烈な印象を与える力があります。