「スピッツ コンサート 2020 猫ちぐらの夕べ」
2020年、新型コロナウイルスの影響でアーティストたちはライブを行うことがほぼ不可能となりました。
絶望を感じるファンも多い中、スピッツは一夜限りの限定ライブを開催。
マスクをしていても十分に楽しめるよう、ゆったりとした楽曲をメインにファンを楽しませてくれました。
東京ガーデンシアターで開催された本ライブは、その後YouTube上に動画としてアップされています。
「ライブ」ではなく、「映画」と呼んでいるのも、そこには数々のストーリーが秘められているから。
長い自粛期間は、ファンにとってもスピッツにとっても、お互いの大切さを感じるにふさわしい時期でした。
ライブのタイトルにも含まれている楽曲「猫ちぐら」は、この自粛期間中に制作されたものです。
なんとメンバー4人が別々の場所で顔を合わせることなく、フルリモートで収録されたそう。
それでも息の合ったメロディーになっているところに、スピッツの絆の深さを感じます。
思うようにいかないことばかりが続くコロナ禍で、度重なる「別れ」に心を痛めた人も多いでしょう。
聞き手それぞれがギュッと心を掴まれるような歌詞は、思わず涙してしまいそうな気持ちにさせられます。
ずっと続くと思っていた日々
平和そのものを思わせる情景
意地悪少し笑顔は多めに
汚れちまいそうな白いシャツ着て
アリの行列またいで歩き
不器用に丸いにぎり飯食べて
流れに任せ似た景色上書きしてきた
出典: 猫ちぐら/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
曲の冒頭、草野マサムネさんが織り成すおなじみの優しく深みのある声が響きます。
語られるのは、大きな変化はないけれど、それでいて優しく微笑んでくれるような毎日の話。
軽く意地悪をしても笑ってくれるような「君」と、ずっとこのまま笑い合っていたい……。
そんなあたたかい春の日を思い浮かべます。
外に出るというのに、真っ白な服を着てくる彼女。
お気に入りだというその白いシャツは、デートのために買ったとっておきの服です。
アリの行列を見つけては笑い、不格好なおにぎりを頬張る彼女は「愛」そのもの。
そこには平和な時間がただ流れているだけでした。
代わり映えのない日々を過ごす
そんな平和な日々がずっと続けばいいのに、と願わざるを得ない主人公。
しかし、段落の最後の1文は、どこか不安な色が混じっているように見えます。
ただ過ぎ去っていく毎日に身を預け、大きな変化を起こそうとしない自分……。
変わることが怖くて、言い出せない「1言」があったのです。
愛し合っている2人にとって、人生を変えるほどの大きな1言……それは、「プロポーズ」です。
このまま何も言わなくても、2人はずっと一緒に居られるような気さえしてきます。
もしも断られたらどうしよう……。
どんな言葉を使うのが良いだろうか……。
そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡り、そして今日も何も言わずに1日を終えてしまうのです。
「また明日」と先延ばしにすればするほど、彼女の気持ちも変わっていってしまうことを知らずに……。
斜め方向の道とは
猫ちぐらのような部屋
作りたかった君と小さな
猫ちぐらみたいな部屋を
斜め方向の道がまさか
待ち構えていようとは
出典: 猫ちぐら/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
主人公が思い描いていたのは、こじんまりとした小さな部屋に2人で暮らすことでした。
大きすぎず、広すぎない2人だけの部屋。
それはまるで猫ちぐらのように、自分たちの大きさにピッタリの部屋であることでしょう。
中には猫がお気に入りのおもちゃを入れておくように、大切な思い出をたくさんしまっていこう……。
そんな思いも、彼女に伝えなければ形にはなりません。
確かに思い描いていた小さな夢は、ある日簡単に崩れ去ってしまいます。
すれ違う2人
2人を待ち構えていた未来は、なんと「別れ」でした。
始めから2人の道が平行線で交わることがなければ、こんな思いを抱くこともありませんでした。
しかし、最初同じ道を歩んでいたはずの2人は、いつの間にか別々の道へ……。
「斜め方向の道」とは、つまり「分かれ道」のことを指しています。
分岐点ではまだ近かった2人の距離も、この先は開いていくだけ。
遠い先で交わっているかどうかも分かりません。
彼女はもう隣にいないけれど、道はまっすぐ前に繋がっています。
人生を歩んでいく限り、立ち止まっているわけにはいきません。
切なく悲しいはずである「別れ」を、道に例えた歌詞に繋げているのがスピッツらしさともいえます。
別れの中にかすかな未来を見出して、主人公は前を向きます。