沢田研二【TOKIO】歌詞の意味を解説!東京を「TOKIO」と歌う意図は?時代の幕開けを味わおう!の画像

やる気と少しの努力で夢が叶う土壌でもありました。

少なくとも国民全体がそんなイケイケの幻想の中で勝利の美酒に酔っていたのです。

敗戦後の焼け野原から35年で復興が完了します。

人生を変えるために地方から東京に続々と人が集まります。

1980年にそうした地方の人々が求めたのは夢でした。

今も東京は一極集中が進んでいます。

ただ、今、地方から上京する人々が求めているのは故郷にない働き口です。

ただ昔も今も夢は破れてしまうこともあります。

悲しみに暮れた人々が歓楽街で夜通し酒浸りになって狼になりたいと吠えました。

彼らは東京の街のネオンのもとで星あかりのように照らされています。

1980年のスーパーシティ「TOKIO」は恒星のように輝いていました。

しかしどこか虚飾の繁栄でもあったのです。

スーパーシティの炎上崩壊

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霧にけむった 不思議な街に
あやしい胸さわぎ
やすらぎ 知らない遊園地が
スイッチひとつで
まっ赤に燃えあがる

TOKIO やさしい女が眠る街
TOKIO TOKIOが空を飛ぶ

TOKIO TOKIOが二人を抱いたまま
TOKIO TOKIOが空を飛ぶ

出典: TOKIO/作詞:糸井重里 作曲:加瀬邦彦

東京の街の危うさにも触れています。

まだ公害の記憶が生々しかった時代です。

光化学スモッグなどの発生など空気は今よりも健康に悪かったかもしれません。

とはいえ今もきれいな空気ではないのですが。

そんな生命に関わる事柄にも気をつけながら生きていた都市。

日本中の娯楽が東京に集中していました。

仕事をするにも遊ぶにも行くところがあるのがスーパーシティ・東京の強みです。

しかし誰かの悪意次第で街がパニックになりかねません。

1980年から順調に推移した日本経済がバブル時代を迎える。

しかしバブル経済は必然的に崩壊します。

1993年辺りからヤバい空気になりました。

人々が決定的に祭りの終わりを実感したのは1995年のオウム真理教事件です。

東京の地下鉄に猛毒・サリンがばらまかれて多数の犠牲者を出します。

培っていたものはスイッチのひと捻りでもろく崩れ去りました。

東京の街、いや夢の「TOKIO」はこのとき炎上して崩壊したのではないかと思われます。

「TOKIO」よ空へ

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TOKIO やさしい女が眠る街
TOKIO TOKIOが空を飛ぶ

TOKIO TOKIOが二人を抱いたまま
TOKIO TOKIOが星になる

出典: TOKIO/作詞:糸井重里 作曲:加瀬邦彦

このスーパーシティはかつて確かにありました。

人々の幻想が支えていたのかもしれませんが、頬をつねって痛いと思える現実のお話です。

沢田研二はこの歌をビジュアルで表現するために総額250万円の衣装を作りました。

伝説になったパラシュートを背負った衣装です。

人々の度肝を抜きましたが、いいことばかりではありませんでした。

ビジュアル優先でパフォーマンスをする沢田研二に疑問を持った井上堯之バンドが解散します。

沢田研二とずっと音楽を紡いできたスーパーバンドの解散です。

斯様に「TOKIO」の衝撃は色々な人々の意識を変えてしまいました。

元々はYMOが打ち出した「テクノポリス」をスーパーシティ「TOKIO」へと継承したこの曲。

明るい新時代の幕開けを鮮やかに彩ってリスナーの心に夢を与えました。

ただその明るさはどこか軽薄な風潮と結びつかれたかもしれません。

阿久悠が作詞を担っていた頃の沢田研二と決定的な違いを示します。

今、聴き比べても違いは明らかですが、優劣は簡単には決められないでしょう。

ただ「TOKIO」が幕開けさせた新時代の方がシャボン玉のように壊れて消えました。

歌よりも時代の方が短命だったのです。

1980年のときに新しい時代を象徴したビルディングや建物など街並みの基本が今や老朽化します。

再開発の対象となって取り壊される建造物もあるでしょう。

東京の街並みは変わりゆきます。

変化を楽しんだ方がいいのでしょうが、それでもアジアの諸外国の都市の未来感に今の東京は負けるのです。

1980年代にそんな未来が来ると予想した人はごくわずかでしょう。

あのスーパーシティ「TOKIO」は今やこの歌とYMOの「テクノポリス」の中にしか存在しません。

私たちリスナーの記憶や音楽ライブラリの中で星として輝くだけでしょう。

しかし至高の輝きを誇るスーパーシティでもあることを若い世代のリスナーに伝えたいです。

叶うならばもう一度、空飛ぶ「TOKIO」に抱かれたいと私たちは涙を落として祈っています。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

OTOKAKEと沢田研二の軌跡

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沢田研二さんは1965年のビートルズ来日以来大ブームとなったグループサウンズのなかでも一番人気のザ・タイガースの元ボーカリスト。デビューから50年を経た現在もライブ公演を行い、3月にはニューシングルも発売されています。ミュージシャンとして現在もご活躍の沢田研二さんの人気曲、名曲をご紹介!

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