「演歌」で括れない、ボーダーレスの楽曲
いかがでしょうか?
当時のレコードを映像化した動画をアップしてみました。
ガットギターの静かなフレーズから入るこの曲。
全体的にスローな楽曲です。
言うまでもないですが、美空ひばりの声が素晴らしいですね!!
冒頭はかなりキーが低いですが、ドスの効いた声に酔ってしまいます。
日本酒を飲みながらこの曲を聴くと、嫌なことも忘れられるのではないでしょうか?
リスナーの抱えているストレスや闇を、この曲は洗い流してくれます。
美空ひばりが歌う恨み節。
それはリスナーにとって浄化作用がある曲なんですね。
彼女の歌唱は、ピッチが完璧らしいです。
ピッチとは、音の高さ低さをもっと細分化した概念です。
そんな歌手は100年に1回現れるかどうかだ、という記事を筆者は読んだことがあります。
ヴィブラートも抑揚の付け方が半端じゃなく上手いですね。
『悲しい酒』歌詞解説
1番目
ひとり酒場で 飲む酒は
別れ涙の 味がする
飲んで棄てたい 面影が
飲めばグラスに また浮かぶ
出典: 悲しい酒/作詞:石本美由起 作曲:古賀政男
昭和時代、とりわけ昔の曲はAメロ、Bメロという曲構成をしていませんでした。
あっても、Aメロとサビという構成。
ましてや現代のようにCメロや大サビがある曲は皆無といっても良いでしょう。
それだけシンプルになり、歌手の力量が試される時代だったのです。
『悲しい酒』も例外ではありません。
主人公は女性と解釈すべきでしょう。
その主人公が酒場で飲んでいる。
飲んでいるうちに別れた恋人のことを思い出す。
本当は忘れたいはずなのに、飲めば飲むほど彼の面影が恋しくなる。
グラスに反射される自分自身の影。
不思議と彼も映っている、という錯覚を起こす主人公。
グラスに恋人の面影を見ているのでしょう。
セリフ
「ああ別れたあとの 心残りよ
未練なのね あの人の面影
淋しさを忘れるために 飲んでいるのに
酒は今夜も私を悲しくさせる
酒よ どうして どうして、あの人をあきらめたらいいの
あきらめたらいいの」
出典: 悲しい酒/作詞:石本美由起 作曲:古賀政男
1番目が終わってすぐ、セリフが入ります。
主人公が自分自身に投げかけている言葉だというのは、これを見れば明らか。
別れた恋人を忘れたい、諦めたいと願っている主人公。
しかし、彼女の気持ちはそれだけではありません。
忘れたいと願っている以上に、彼に会いたいという感情も持ち合わせているのです。
まるで矛盾していますが、それが人間の性。
人間が人間たる所以は、産まれてから死ぬまで矛盾をかかえ続けることです。
ここで、歌詞を「テキスト=書かれたもの」として見てみましょう。
そうするとこのテキストの、また違った一面が垣間見えるはず。
これは一種の内的独白かもしれません。
内的独白とは、アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスが編み出した修辞技法です。
テキストを客観的に綴っているなか、こういったセリフのような文章を差しはさむテクニック。
このセリフ以外の歌詞は、「情景」を描いています。
文字通り「酒場の情景」です。
しかし、セリフのパートでは、主人公の「心象風景」がテキスト化されます。
こうやって一つの楽曲中に二つのテクニックが入っている曲は、当時ではあまりなかったと思います。
この歌詞を読んでいると、彼女が泣いている理由は分かりますね。
少なくとも子ども時代のできごとを回想して泣いているのではない、ということが。
2番目
酒よこころが あるならば
胸の悩みを 消してくれ
酔えば 悲しくなる酒を
飲んで泣くのも 恋のため
出典: 悲しい酒/作詞:石本美由起 作曲:古賀政男
ここでは、悲しい主人公の願望が浮き彫りにされます。
酒に「心」があったら、わたしの悩みを消してほしいと。
もちろん、酒は人物ではないのでそんなことは不可能です。
それは主人公も承知です。
分かっていながら酒に助けを求める主人公。
胸に響くものがあります。
3番目
一人ぽっちが 好きだよと
言った心の 裏で泣く
好きで添えない 人の世を
泣いて怨んで 夜がふける
出典: 悲しい酒/作詞:石本美由起 作曲:古賀政男
3番目の歌詞は、とても詩的です。
「言った心の裏で泣く」という箇所。
ここの「裏」とは、いったいどういう意味なのでしょうか?
「一人ぽっちが好き」というのは、明らかに嘘ですね。
他人に悲しみを悟られないようにする、いわば虚勢です。
いえ、もしかしたら自分自身にそうやって言い聞かせているのかもしれませんね。
ここの「裏」とは、文字通り「裏の感情」です。
悲しくないような辛くないような素振りを、他人には取っている彼女。
本当は悲しくて悲しくてしょうがないのです。
また、「裏腹」という意味もあると思います。
死ぬほど幸福なのと死ぬほど悲しいのは表裏一体。
結ばれているときは幸福感で満たされていた彼女。
恋人と別れで地獄の責め苦を味わっている彼女。
どちらも彼女自身です。
そういう意味では、人間は矛盾した生き物であると同時に「裏腹」な生き物なのかもしれませんね。