4thアルバム『スポーツ』に収録された一曲
『生きる』の世界観
この曲は、椎名林檎さんが作詞、作曲をキーボードの伊澤一葉さんが担当されています。
歌詞としては、過去の自分と今の自分が絶望の淵で自問自答を繰り返している精神世界のお話です。
とはいえ、事実無根なファンタジー作品ではなく、誰でも経験のあることが描かれています。
頑張って来たのにその先に待っていたのは、これまで思い描いたものとは別のモノだった。
そんなのは、大なり小なり生きていれば普通にあることですよね。
しかしそういう『普通』が受け入れられずに負のスパイラルに陥る主人公だけが、この曲の登場人物です。
椎名林檎さん独特の言葉遣いや言い回し、漢字の当て方、楽器なしの声だけで展開される1コーラス目のアレンジ。
それらが世界をややこしく感じさせますが、そうではないので、気持ちをフラットにして聞いてみてください。
では、歌詞の世界に入っていきましょう。
あるがままを受け入れろと自らへ命ずる
自分の状態は把握している
体と心とが、離れてしまった。
居直れ我が生命よ。
現と夢の往来。
行き交う途中で、居堪れない過去ども此処に消えろ。
出典: 生きる/作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉
本来一つであるはずの心身。
その2つの乖離(かいり)を感じてはいるが、自分ではどうすることもできない状況。
だからこそ、そういう現実を受け入れないといけないという強迫観念。
こういったものにずっと蝕まれ続けていたことが伺えます。
現実を見ているつもりでも、夢や妄想に取り憑かれていることも理解している。
おそらくこれは、短期間ではなく、長期間に渡る苦悩による絶望です。
ここで語られるのは、頭では理解している現実を心が理解できないという葛藤ですね。
周囲からは軽薄な励ましや協力があったことでしょう。
でもそれらはさらに自らを苦しめる結果にしかならなかったのです。
カッコ書きで語られる過去の自分からの言葉
(木枯の喧噪に二人紛れ込んでいたらば、如何して互いを見出せようか。)
出典: 生きる/作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉
過去の自分が今の自分に語り掛ける描写です。
自問自答に近い状況ですね。
現実を見ようとして過去を振り払い、未来を見ようとする気持ちにブレーキをかけます。
もちろんそれも自分自身。
閉塞感や絶望から、明るい未来を描こうとしてもそれを許せないし、信じられない。
このように、自分の中で内向きに負のスパイラルに陥っている状況です。
自らかけたブレーキがさらに絶望へと導く
『つもり』に気付いた衝撃
とても叶わない。
見分けがつかない。
若かりし日、統べてを握った利き手も 草臥れて居る。
噫・・・充たされないで、識らないで、追い掛ける影の美しさよ。
皆まで言うな。
出典: 生きる/作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉
自らかけたブレーキによって、さらに夢と現実の境界が見えなくなっています。
昔に比べて年も取り、経験もしてきているにもかかわらず、そんなことも判断できない。
昔は判断できたはずなのに。
そんな境界なんてハッキリ見えていたはずなのに。
でもあれは見えていた『つもり』だっただけなのではないか。
新たな疑惑を投げかける過去の自分が、また新たな絶望へと誘います。
そうやって『つもり』で過ごしていた日々は、今思えば現実を知らなかっただけだった。
過去、こんな絶望に陥っていなかった頃の自分すらも全否定している状況です。
どんどん深みにはまっていきます。