自分という存在の尊さ
きみも星も月も紫陽花も、
すべて奇跡のふりをしている、
生きてゆくため汚れた君を、
抱きしめるように歌があるから
私は息を吸う。
出典: 夏になって歌え/作詞:最果タヒ 作曲:水野良樹
「奇跡のふり」をした私たち。
悲しい世界を生きている自分にもいつか救いがありますように。
そんな願いから自分を偽るようになったのかもしれません。
自分は奇跡の存在なんだと信じていたい。
そう信じていなければ、生きていくのがもっと辛くなってしまう。
綺麗なままでは、ここまで生きてこられなかった。
無傷なままでは、どこにもたどり着けなかった。
疲弊しきった私たちの体を、歌が優しく包み込んでくれます。
無理して「奇跡のふり」なんてしなくていい。
「ふり」をするまでもなく、私たちはみんな奇跡の存在なんだ。
そう思ってもいいのではないでしょうか?
深く息を吸い込んでみれば、自分という存在の尊さがきっと見えてくるはずです。
「夏になって歌え」とは?
恋も夢も人生の余談
夏になって歌え。
史上最高気温、この今を灼き尽くして、喉の奥。
横断歩道でひかれた陽炎。
恋も夢もすべては余談なの。
出典: 夏になって歌え/作詞:最果タヒ 作曲:水野良樹
止まらない時を、太陽のような熱を持って生きていこう。
それが「この今を~」の歌詞に込められた意味なのだと思います。
決して戻らない、今というこの瞬間。
それを記憶に焼き付けて。
そう歌うのは、永遠などないことを知っているからではないでしょうか?
触れることも、残しておくこともできない日々だから、せめて自分の熱で溶かしてやりたい。
そうして溶けていった日々は、きっと喉の奥に張り付いて、やがて自分の体の一部になるはずです。
目の前を通り過ぎていく毎日のことを「横断歩道~」の歌詞で表現しています。
ある夏の日に見た陽炎。
それは私たちが生きた証であり、奇跡そのものだったのだと思います。
恋や夢。そういった美しいものたちは、人生のほんの一部分でしかない。
歌詞の中では「余談」と表現していますね。
しかし、「余談」でも良いとは思いませんか?
長い人生なのだから、「余談」があった方が面白い。
むしろ人生というものは、「余談」がほとんどなのかもしれませんね。
感情と共に思い出を残そう
夏になって歌え。
史上最高気温、この今を灼き尽くして、喉の奥。
水蒸気が作る美しいもの、
愛も過去もすべては余談なの。
出典: 夏になって歌え/作詞:最果タヒ 作曲:水野良樹
「水蒸気が~」の歌詞では、どんな景色を思い浮かべますか?
ぼやけた青空、すぐに消えてしまいそうな虹、濡れた花びら……。
頭に浮かんだ景色は、きっと人それぞれ違うことでしょう。
そしてそれは、自分が何を美しいと感じているかの答えなのかもしれません。
この世界には、美しいものがたくさんある。
それは、美しいものを美しいと感じる心を誰もが持っているから。
世界を美しくしているのは人の心です。
だから、もっと自分の心を熱く燃やして生きていきませんか?
夏の日照りのように心がじりじりと熱を持てば、今よりももっと美しいものに敏感になれるはずです。
だから、どんなに悲しいことがあったとしても感情を消さないで。
「余談」に変わっていく思い出たちを感情と共に残していこう。
振り返ってみれば、辛い思い出の中にも愛が見つかったりするものです。
命を燃やして生きていく
「夏になって歌え」とは、毎日を燃え尽きるように生きていこうという意味なのだと思います。
今日という日は二度とこない。
だからこそ、一日一日を完全燃焼して生きていくべきです。
命は使い果たすもの。
胸に手を当ててみれば、自分の中に熱く燃える生命を感じるはず。
私たちは、いつか終わりがくることを知っています。
人生は夏の季節のように、熱く、儚く過ぎていくものなのかもしれません。
永遠を信じないで。
今日という日を大切にしよう。
それがこの曲で伝えたかった想いなのではないでしょうか?
最後に
変わっていくものは美しい。
私たちは永遠を持たない生き物だからこそ、それに気付くことができます。
心が疲れてしまったとき。
自分が汚れているように感じてしまうとき。
この『夏になって歌え』を聴いてみてください。
命を燃やして生きているあなたの姿は誰よりも美しい。
そう教えてくれます。
私たちはもっと、瞬間瞬間を大切にして生きるべきなのでしょう。
美しさはいつも一瞬で消えてしまうから。
現実から目をそらさず、世界や人々の美しさを見つけていこう。
そうすれば、きっと今よりも自分を愛せるようになるはずです。