いつかは帰ると誓う

堺正章【さらば恋人】歌詞の意味を考察!夜に飛び出した行先は?「しあわせ」な日々なのに旅立つ理由とはの画像

ゆれてる汽車の窓から
小さく家が見えたとき
思わず胸にさけんだ
必ず帰って来るよと

出典: さらば恋人/作詞:北山修 作曲:筒美京平

2番の歌詞です。

おそらく「僕」は始発列車に飛び乗ります。

「汽車」という言葉がたまらなくいいです。

1971年の曲ですから日常生活ではもう「汽車」とはいわなくなっていたはずですが「電車」じゃ興醒めでしょう。

車窓から「君」と同棲していた家が見える

それも小さな姿を見せているのです。

ここで「僕」はいつの日か帰る決心をします。

「さらば恋人」と書き残して家を飛び出したり帰るといったり忙しいです

ひとりが好きで寂しがりという倒錯した側面があるよう。

ただしふたりで棲んでいた家が小さなものとして再発見したこと。

この一瞬に過ぎ去りし日々の想い出などを愛おしく抱く気持ちは分からない感情ではないです。

別れというよりはどこか身勝手な失踪や家出のような様相を呈していました

ふたりの運命はこの先どのように動くのでしょうか。

都会を目指す青年の歌

故郷を捨てること

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いつも幸せすぎたのに
気づかない二人だった
ふるさとへ帰る地図は
涙の海に捨てていこう
悪いのは僕のほうさ
君じゃない

出典: さらば恋人/作詞:北山修 作曲:筒美京平

クライマックスの歌詞です。

この段になってようやく朧気に真相が見えてきます。

先ほど抱いたいつかは帰るという想いは嘘ではなかったはずです。

それでも「僕」は故郷を離れることを再度決意します。

故郷という言葉でようやく気付くのは地方から東京などへ向かう歌であったことです

北山修自身はずっと京都で生まれ育ち京都の大学へ通っていました。

歌詞の9割が経験談だという発言からするとこの「さらば恋人」は例外的な歌だったのでしょう

北山修は「さらば恋人」を書いた翌年に大学を卒業して札幌医科大学内科研修生になります。

「さらば恋人」を書いたときはまだ京都府立医科大学の学生です。

まだずっと故郷に留まって活動していた時期でした。

経験に基づかない分だけ想像力と創造力の羽を伸ばして書き綴った作品が「さらば恋人」になります。

おそらく同棲生活を解消した自分の経験を元にして地方都市から東京などの都会へ行く男性像を描いた

その辺りが真相だと思います。

北山修という破格の才能

「日本のビートルズ」のメンバー

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北山修を育んだ京都という土地柄は独特な文化があります。

また彼が愛したフォーク文化は関西の方が活発でした。

わざわざ東京へ出てゆく必要などなかったのですがザ・フォーク・クルセダーズは大ヒットを飛ばします

当然、東京のメディアも彼らに食指を伸ばしたのでしょう。

自分たちの音楽を「全国制覇」させたいという野望が彼らにあったかどうかは分かりません。

ただ関西フォークのコミュニティを飛び越えてみる気概くらいは持ち合わせていたはず

そしてその想いをいとも簡単に実現させたのですからザ・フォーク・クルセダーズは凄いです。

日本のビートルズ

ザ・フォーク・クルセダーズが日本の音楽界になした偉業はそんな言葉で称賛されました

一方で北山修は精神科医になるという夢まで実現します。

札幌で内科の研修医を経た後、彼はロンドンの病院と精神医学研究所で研修するのです。

音楽界に収まりきらない破格の才能に恵まれていました。

「さらば恋人」で現れる「汽車」の中での「僕」の心理の不思議。

精神科医を志す彼には人間の心の矛盾というものを直視する勇気があったのでしょう。

幸せであることに落ち着いていられない「僕」は身勝手ではありますが魅力もあります。

女性に対して潔く自分の非を認めること。

まだ男性社会であった日本では新しい世代の男性の台頭を象徴する歌詞であったはずです

北山修が託した堺正章もまた軽妙洒脱な人ですから出自が恵まれていることも含めて新世代の人物でした。

全員が「巨匠」になる未来

それぞれの若い日の記録

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当時、TBSドラマ「時間ですよ」で役者としての才能も開花させていた堺正章。

ザ・スパイダースのGSサウンドとはまったく違った「さらば恋人」で音楽的にも新境地を拓きます

グループ・サウンズで鍛えた歌唱力はむしろソロ・シンガーとしての方が映えていたでしょう。

堺正章の華麗なる転身は大成功を収めます。

「さらば恋人」は小柳ルミ子の「わたしの城下町」に阻まれてチャートの1位は獲得できませんでした。

それでも旧来の歌謡曲のフォーマットに従った「わたしの城下町」と比較してみます。

「さらば恋人」のメロディーの良さもさることながら北山修が示した新しい男性像の斬新さが光るのです

どちらが優れているという話ではなくあくまでも歌詞の新しさでの評価になりますが。

別れの歌でありながらジメジメしないのは堺正章の歌唱力の賜物です。

堺正章はこの後も名曲と名歌唱を遺します。

若い方には何故この人が「芸能界の大御所」として尊敬を集めているのかその足跡をたどって欲しいです

「巨匠」は「チューボーですよ!」の巨匠だけではありません。

「さらば恋人」の後に堺正章、北山修、筒美京平がそれぞれ「巨匠」の地位を占めるのですから素晴らしい

彼らがまだまだ若くて希望に満ちていて未来を自在に描くことができた頃の奇跡。

それが「さらば恋人」です。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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