経験ゼロでも恋愛はプロ
精神発達が早かった
小坂明子は、思春期の食べ盛りが災いし、当時は声楽家のような体型でした。
（後に"油分カットダイエット"で見違えるようなスリム美女になっています）
シンガーとしては好条件でも、恋のきっかけに有利とは言えません。
高校は共学でしたがボーイフレンドはなく、恋愛は未経験。
ただ、バンドマンが幼少時から周囲に多数いたため、"大人との会話"に慣れていました。
バンドマンは、朝から晩まであけすけな会話を撒き散らしています。
具体的なことを知らなくとも、男女のありようについて免疫が出来たのでしょう。
また、女性は生物学的に男性よりも早く精神が発達・成熟します。
いろんな状況から、小坂明子の精神年齢は、高校生にしては高かったようです。
恋愛に対するあこがれと、たぐいまれな想像力。
この時すでにシンガーソングライターとしての将来の成功が約束されていたのです。
デビュー曲「あなた」。曲全体は大人の恋愛のイメージなのに、歌詞の一字一句は、少女の繊細さを感じさせます。
この二面性が、思春期真っ只中で大人になりきれない少女の、不安定な情緒を表しているようです。
小坂明子本人は、突然周りの世界が変わってしまったことに、気持ちがついていっていないようでした。
有名になってしまったことの戸惑いや苦悩があったと思われます。
一足飛びに家庭を夢見た
女子高生が「恋の駆け引き」を描くのは無理があります。
ましてや結婚生活の機微が分かるはずはありません。
"夢見る乙女"であれば、結末だけを描写すれば事足ります。
「あなた」はそういう曲でした。
実のところ、小坂明子がイメージしていたのは、親友の結婚生活でした。
普通、自分が家庭を持っているところは、想像が難しいものです。
友人の未来なら、それが（無責任っぽく）可能になります。
親友は後に敏腕プロデューサーH氏と結ばれ、小坂明子は少なからず羨やんだはずです。
そのプロデューサーはモデルのような美男で有名でしたから。
一緒にバカ話をした音楽関係者と高校の仲間が結婚するとは。
小坂明子は数年後、"自分が愛した人と親友が結ばれる"「June Bride」を発表します。
このいきさつが関係していたのでしょうか？
（彼女自身は「繋がりありません！」と否定しましたが）
いずれにせよ、恋愛経験せずに結婚生活を歌うことは、女性には難しくなかったようです。
「あなた」の歌詞には、心情や感情を表す言葉が少なく、具体的な情景だけを並べています。
将来の風景は想像できても、せつない感情や思いについてはわからないままだったのでしょう。
ただ、リスナーはこの曲を聴いて、表現された歌詞だけではなく行間に隠された想いや言葉の意味を深読みしようとします。
シンプルな歌詞だからこそ人々の想像をかき立て、この歌の世界は無限に広がっていったのです。
昭和平成を通じて最も心に残る名曲といわれる「あなた」。
その純粋な心の表現が今も色あせていないことを物語っています。
心に残るメロディ
「あなた」の音楽構造
「あなた」は構造的に2部構成になっています。
主メロとブリッジだけ。
和音構成もドミナントからセブンス、サブドミナントからメジャーと、単純です。
ブリッジも大きな転調はなく、サビの下降クロマチックが変化といえば変化。
簡単な構造なのに「名曲」とされるのは何故でしょう。
テレビのバラエティ番組では「聞きたい曲ー1974年」で1位に選ばれました。
やはりメロディの美しさに尽きます。小坂明子の真骨頂。
メロディメーカーの才能とは、旋律の美しさを生み出すこと。
計算や規則では、作ることが出来ないのです。
一般的に"心に残る旋律"は、シンプルなものが多いといえるでしょう。
そして覚えやすい。小細工をしない素直なメロディーは、聴く側が何も意識しなくても体に入ってくるのです。
普段の生活の中で鼻歌にして歌えるような曲の方が、潜在意識に刷り込まれ人々の心に残ります。
意識していない「色っぽさ」
"早熟"だけでは言い表せない
小坂明子は、高校生の頃から大人びていただけでなく、女性としても秀でていました。
本人が意識していたか定かではありませんが、仕草も行動も"女"でした。
明らかに無意識と思われる表情に、ドキッとさせられたことは一度や二度ではありません。
振り向いた瞬間の眼差し、何気なく唇に置かれた指、食事の際の手の動き。
20歳そこそこの女性に出来る色っぽさを超越していました。
ヤマハのO氏が「一番欲しいところで、声をベンドする」と感心していました。
ベンドとは、弦楽器のグリッサンドのように、音程を無断階に変化させる技術です。
「あなた」では、最後のサビの「あなた、あなた」と繰り返す部分。
ここで、小坂明子は「な」と「た」の間をベンドしています。
それは「性的アピール」を想起させ、ニュアンスを大人っぽくします。
技術そのものは小坂明子自身も意識していますが、「色っぽい」とは思っていません。
「一番盛り上がるところだから」
なんともしどけない感想ながら、その効果は抜群です。
こういう技術は、彼女の精神性の高さに裏付けられているといえるでしょう。
この歌が好きなほとんの男性は、「あなた」を自分に置き換えて曲に入っていくと思います。
自分が恋愛相手から呼びかけられる気持ちに酔えるのです。
最後のサビは、色っぽさとともに世の男性諸氏を高揚させる歌唱になっていました。
本人の気持ちとは裏腹に。
円熟期の天才
もう一度ブレイクするか
「あなた」を中心に、アーティスト小坂明子をご紹介してきました。
ここ数年の小坂明子のアルバム制作は、インストゥルメンタルに変わってきています。
子育て期間でライブから遠ざかっている間に、喉の調子を損ねた模様です。
完全主義者だけに、自分の理想から距離があると、許せないのかも知れません。
しかし、この記事のように類まれな歌手であることも厳然たる事実です。
トレーニングを重ねれば、往時の声を取り戻すことも可能でしょう。
作詞・作曲では、多方面に楽曲提供を続けていますから、音楽からは離れていません。
ごく最近、親族に大きな不幸があって、メンタル的に厳しい事情があると思われます。
復活は大変かもしれませんが、市井に埋もれてしまう才能でないことは確かです。
もう一度、舞台に戻ったときには、新しい地平を広げてくれるに違いありません。
小坂明子の円熟した才能は、アニメーションの世界でもいかんなく発揮されています。
美少女戦士セーラームーンシリーズに提供した楽曲は400曲を超え、哀愁を帯びたメロディーは健在です。
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